2.賢者修行は王が弟子で、前途多難 

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 老婆の自分が、老いた相手を殺したところで喜べるだろうか。自分は老いるまで修道院で燻り、相手は老いるまで栄華を極めた末の待ちに待った復讐だ。ああ、やっと念願が果たせたと、その時に自分は純粋に喜べるだろうか。  いや、喜べるわけがない。なぜもっと早く事を為せなかったのだろうかと大いに悔やむだろう。  まだだ、まだだ、と繰り返す悪魔に彼女は焦りと苛立ちを募らせる。  すると、鏡の中の蝶の顔が、彼女の焦燥感など鼻で嗤うかのように滑らかな口調で語り掛けてきた。 『お前の憎む相手は、忌々しい力で護られている。妾わたしとて悔しいが、あの護りの力がある限り手が出せない。だけど、安心をし。必ず時が来る。それまでお前は美しさに磨きをかけているのだよ』  あまりにも蝶がうるさく言うので、出会ってから彼女は畑仕事を一切やめた。  同様に、指が痛むからと糸を紡ぐこともやめた。もともとやりたいと思ってやっていたことではなかったので、それらを禁じられるのは構わなかったが、可能な限り陽の光を避けるようにとも言いつけられた。時間があれば髪を梳けとも言われ、体には毎日、香油を塗るようにと口うるさい。  彼女の願いはまったく叶えてくれないくせに、あれこれ指示ばかりの蝶を疎ましく思いつつも、少女から女性になっていくうちに彼女自身も自分の美について意識するようになり、しだいに自らの意思で己の髪を梳くようになっていった。  やがて修道院という場所には似つかわしくない、美しくも艶めかしい大輪の花が咲く。
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