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そして、おそらく今のところは、マーシャに何かを期待したり求めたりするつもりもない様子だった。
ならばマーシャも今は忘れよう。ちょっと拍子抜けしたけれど、命拾いした気分だ。
心を決めると、マーシャはアーサーに向き直った。
「ドルイド(オークの賢者)が弟子を取るとき、まず最初に弟子に対して師匠から渡すものがあるの」
言い始めはぎこちなくなってしまったが、どうにかそう切り出してマーシャは両手を打ち鳴らす。それはごくごく僅かな、瞬きもできないほどの短い間だった。打ち鳴らしたマーシャの両手に分厚い一冊の本が乗っている。
袖の中や体の後ろに隠すには大きすぎる本だ。厚みもさることながら、しっかりとした黒い表紙で、見た目通りずっしりと重い。
手を鳴らす前から持っていたのではないか。いや、そんなはずはない。
では、いったいどこから現れたのか。あまりにも自然に、そして、当然のことのようにそれがマーシャの両手に乗っていたので、アーサーはしばらく言葉を失うくらいに驚愕したようだった。
(そうよね。普通の人間ならびっくりするわよね。でも、こんなの、ドルイドの世界では序の序。ごくごく初歩的なことよ)
アーサーの反応に満足してマーシャはいつもの調子を取り戻す。
「これがその渡すものね。はい、どうぞ」
「ちょっと待て! 今それ、どこから現れた⁉」
「やっぱりそこ引っかかっちゃうわよね。そうよ、そこからよね。ええっと、どこっていうか……。手の中?」
「手の中⁉」
「と言うより、異空間かしら?」
「異空間⁉」
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