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輝くドレスを纏い、ひらひらと舞っていたのは自分だったかもしれない。こんな灰色と緑しかない世界ではなく、絢爛豪華な宮殿で贅を尽くした暮らしをしていたはずだった。
威厳のある父。自愛に満ちた母。優しい姉たちに、見目麗しい騎士たち。眩いばかりの人々に囲まれて、誰よりも輝いていたのは自分だったかもしれない。
彼女は右手を固く握りしめたまま、ゆっくりと立ち上がる。握り締めた手の中には、彼女の暗く凍えるような殺意が閉じ込められている。
彼女はそっと右手を開いた。ぱらぱらと群青色の欠片が散って彼女の足元に落ちて行き、そして彼女の手のひらには、くしゃくしゃになった群青色のドレスが張り付いて残った。
黒い線のような足がピクピクと動く。まだ生きていたのかと冷ややかな思いで右手を見下ろした。
彼女は両手を叩いて、かろうじて命を灯している蝶を足元に払い落とす。
「死ね!」
ドンッ、と地面を踏み鳴らした。
何度も何度も踏み潰して、確実に小さな命をこの世から消し去る。
「死ね!」
声を出したこと、体を動かしたことで胸がすくような高揚感が生まれ、最上の美酒を得たかのように陶酔し、始めてしまったことを自分自身では止められなくなっていた。
何度も何度も。息が切れてもやめることができない。
「死ねっ!」
だが、その時だ。
氷針で身を貫かれたかのような鋭い視線を感じて、彼女は慄き、その場から弾かれたように飛び退いた。
そして、彼女は自身が踏み荒らした地面に視線を落とし、ぎょっとした。何かある。その何かが何であるのか分かると、ぞっと身の毛を逆立たせた。
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