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たとえ荒れ地にマーシャひとりで佇んでいたとしても、右手に描かれた紋章を通して先人たちの気配を感じられる気がする。
古くから続いて来た長い長い歴史と知恵の流れの中にマーシャもいて、一人ぽっちでも、マーシャは独りではない。そんな気がするのだ。
今、マーシャの後ろに続く者としてアーサーにも紋章を与えたけれど、このゆるやかに続く長い流れを、先人たちの気配をアーサーも感じることができるだろうか。
彼の師として、この想いを伝えるべきなのだろうと思ったが、師として未熟なマーシャには上手な言葉が思い浮かばなかった。
言葉が出て来ないままアーサーを見つめていると、アーサーが満面の笑みを浮かべた。
「俺もマーシャのクレマチスが気に入ったよ。だから、ずっと俺の手のひらにあって欲しい」
にこにこと、あまりにも澄んだ瞳で言い放つので、マーシャは目を瞬かせた。懸命に考えて答えことが阿保らしくなるくらいの毒気のない笑顔だ。
マーシャが師匠のアザミの花を気に入っているのと、アーサーがマーシャのクレマチスを気に入っているのとでは、想いの深さや種類、もはや次元すら違うような気がした。
(ま、いいか)
ふと師として弟子に伝えたいと思ったものの、伝え方が分からず伝えられなかったことを、そう無理に伝えようとしなくとも構わないではないかと思い直す。
所詮、アーサーはごく短い間のみの弟子だ。まして彼は一国の王であり、本気でドルイドになるわけではないのだ。全身全霊で育ててやる必要はない。
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