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美しい蝶の言葉に彼女は、はっとする。思わず、蝶の黒々とした丸い眼を見つめた。
やはりこの美しい蝶は、神とは相反する存在なのだ。
怪物というには美しすぎる。それでは何か。魔物か。――いや、悪魔だ。
蝶の語り方には、知的な雰囲気がある。おそらく、地位と実力のある悪魔に違いない。
そもそもここは修道院である。容易には、魔物や悪魔が入って来られない場所であるはずだ。彼女の殺意が呼び入れたのだとしても、入って来ることができただけでそのものの力が強いことを示している。
「本当にあいつを殺してくれる?」
神に祈り続けた日々だった。けれど、悪魔の言う通り、神は彼女のために何もしてくれなかった。
無意味に祈り、外界から忘れ去られた存在として、ただ生きているたけの日々。そんな日々から、もしかしたら抜け出せるかもしれない。
迷路の出口をやっと見つけたような思いで問えば、悪魔は薄く嗤ったようだ。
『手を下すのは、お前。妾はそのための力を貸してやろう』
やっと見つけた迷路の出口。その先は、底のない闇だった。
悪魔の力を借りて、自らの手を汚すのだと理解して、彼女は暗黒の入口にひとり立ち尽くしている気分になった。
一歩でも進めば彼女の魂は汚れ、けして天国の門をくぐることはできないだろう。死ねば、永遠の闇の中。魂は切り裂かれ、想像を絶する苦痛で罪を償うこととなる。
だけど、と彼女は思う。神がこれまでに彼女に何をしてくれたというのだ。
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