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「サエは四年制の大学に行ってたの?」
「うん」
「俺短大卒だから、二年先輩だな」
「そう、なんだ……」
話しているうちに、少しずつ思い出してきた。仲が良かった頃の、二人の記憶。
「確かユウキくん、子ども、嫌いじゃなかったっけ?」
「うん、嫌い」
ためらうことなく、即答された。そうだ、ユウキくんは昔から素直だった。
「じゃあなんで保育士になったの?」
「……なっちゃダメなの?」
「ダメ、じゃないけど……」
少なくとも私は子どもが好きで保育士になった。大学の同期もみんな子どもが好きだった。それなのに嫌いだと公言するユウキくんは私にとっては異質だ。ダメじゃないけど、ダメでしょ。嫌いなことを職業にして、いい仕事ができるの?
あまりに怪訝そうな顔をしているのか、ユウキくんは肩をすくめた。
「なんだろうな。サエに触発されたのかも」
「え?」
「小学生の頃、毎日のように『保育士になりたい』ってサエが言ってたろ? 中学ではあんまり関わらなくなって、高校から離れたけど、どこかで『保育士っていいかも』って思うようになってたんだよな。サエが言ってたから。それに実際、実習とかやってるうちに結構自分に合っててさ。感謝してるよ、サエには」
その言葉に嘘はなさそうだった。真っ直ぐな瞳に見つめられ、失礼な質問だったと反省する。
そっか。幼い頃の私の夢が、誰かの夢にもなっていたのか。無自覚だった分、感慨もひとしおだ。なんかちょっと恥ずかしくなってきた。
「あ、ユウキ先生!」
廊下を歩いていると、一人の女の子が手を振ってきた。どうやらここの園児のようだ。髪の毛を丸い飾りの付いたゴムで二つ結びにしている。かわいいなぁ。
「おはよう、カオリ」
ユウキくんはしゃがんでその子と同じ目線になったけど、まさかの呼び捨て……! 大丈夫なの? 親とか他の先生はなにも言わないの? カオリちゃん本人は全く気にしてなさそうだけど。
「おはようユウキ先生……と……」
カオリちゃんは私を見て、首をかしげた。とりあえずユウキくんと同じようにカオリちゃんの目線までしゃがむ。
「今日からここの先生になった、サエです。よろしくね」
「サエ先生! よろしくねー!」
子どもは先生には懐きやすい。順応性が高くて、感心する。するとカオリちゃんは私とユウキくんを交互に見て言った。
「サエ先生は、ユウキ先生の、かのじょ?」
「えっ」
突拍子もないことを言うのも、子ども。怖い。どこをどう見てそう思ったのだろう。
固まっていると、ユウキくんが優しく説明してくれた。
「違うよ。昔からの知り合い」
「しりあい? お友だちってこと?」
「そうだよ」
「そっか! じゃあ仲よしなんだね!」
カオリちゃんは嬉しそうにピョンピョン跳ねて、「バイバーイ」と言いながら教室へ入っていった。
「よいしょっと」
カオリちゃんが見えなくなると、ユウキくんは立ち上がった。私も立ち上がる。
「嫌いな子どもに好かれてるなんて、なんか意外」
「俺もそう思う。昔は仮面サイダーになりたいとか言ってたのにな」
そう言われて、なんとなく思い出した。小学三年生のある日、ユウキくんと交わした会話。
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