約束と、彼

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約束と、彼

 三月も、中旬に差し掛かった。まだ少し肌寒いが、空を見ると温かい太陽が春の訪れを教えてくれている。  私、川田咲良(かわた さくら)は、そんな季節の移り変わりを感じながら、その場所に立っていた。  左を見れば、五年前まで通っていた中学校。右を見れば、五年前歩いていた通学路。そして後ろを見れば、まだ咲いたばかりの、大きな桜の木がある。今年二十歳になる私は、ある理由で母校に訪れていた。  とはいえ、別に学校の中に用があるわけではない。ただ、この桜の木の前で、待ち合わせをしているだけである。  待ち合わせの相手は、この中学に通っていた頃の同級生の男の子。  彼の顔を思い浮かべた途端、私の心の中で、何かがざわめき出した。それは、焦りや恐怖心などではなく、嬉しい恥ずかしいと言ったどこか浮ついたもの。  思わず、私は時計を見る。時刻は十二時五十分過ぎ。約束の時間まで、まだもうちょっとある。 私は背を桜の木に預けながら、無意識のうちに微笑んでいた。  そわそわしているのに笑っているなんて、通り掛かる人は不審に思うかもしれない。でも私はそんなこと気にならないくらいに、その約束が果たされるのを、心待ちにしていた。
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