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開花
俺は、桜の木の下を見つめ、身動きがとれなくなっていた。
目の前では、桜の花びらがゆっくりと落ちている。この桜の木は、五年前と変わらずそびえ立っていて、毎年見るのが楽しみだった。
実を言うと、俺は中学を卒業した後も、毎年のようにここに来ていた。高校に通っている間も、遠くの大学に受かり、引っ越しで忙しかった時も。
でも今年は、来ないつもりでいた。
だって、咲良はここに来られないから。
俺はやっと動いた体を動かすと、咲良のいる場所へと、静かに足を踏み出した。
ここに来る前につっかえていたものは、どこかに流されるかのように、跡形もなく消えていた。
咲良の元に行く間、考えていたことがある。なんてあいつは、律儀なのだろう。
自分がどんな状況でも、人のことを考える。本当は、約束なんか守れるような状態じゃないのに、確かに俺の前に現れた。
いや、現れたというよりも、感じたという方が正しいかもしれない。風が止んで、春らしい木漏れ日が降り注ぐ中、咲良はそこにいた。
あの幸せだった日々の、優しい笑顔のままで、恐らくそこに立っていた。
俺は、考え過ぎていたのだ。ただ、臆病過ぎたのだ。約束なのだから、守るのが普通だ。
もし、約束を破っていたら、咲良に合わせる顔などなくなっていた。
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