7「酒は酔い良い」

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「なんでそんなに気にするの、大丈夫だよ」 小さいバケットにチーズとスモークサーモンが載せられたつまみを齧って、ジンライムを飲んだ。爽やかなライムの味が強いカクテルに、このつまみはよく合う。 「僕も君が心配なんだ。何か嫌なことがあったなら話を聞きたいし、出来ることなら解決もしたい」 頭が働くより先に、顔を下げていた。熱が集まっていくのが自分でもわかって、お願いだからやめてくれ、と自分の体を叱りつける。 ただの好意だ。私も似たようなことを言ったじゃないか、対話が必要だったと、彼はそれを実践しているだけだ。 「本当に何でもないよ。ほら……そういう日ってあるでしょ」 大噓だったが、言外に月の物を匂わせるしかなかった。そうしなくてはこの追求から逃げられないような気がしたし、予想通り彼はハッとしたような顔をしてから、ごめん! と慌てて謝りだした。 「や、大丈夫、大丈夫だから……あーえっと、そうだ。この5年何してたの?」 話を変えなくては、と思いついたのはそんなもので、彼はうーん、なんて言ってジンライムへ手を伸ばす。 ドリンクが二つもあって、コーヒーは多分冷めてきているのだろう。マスターに少し申し訳なかった。 「特に何か特筆したことは……」 「えっ嘘、特筆だらけでしょ。俳優になってるし……そういえば、大学って卒業したの?」 別れる前に受験を済ませ、合格していたあの大学はちゃんと卒業したのか。俳優になったことを知ってから、気になってはいたことだ。いや、調べてしまえば簡単に出てくることではあるのだけれど。 「したよ。僕のこと調べたらすぐ出てくるのに、調べなかったの?」 「じ、時間なくて」 「じゃあ僕が今までどんな作品に出てたのかも調べてない?」 「うん。ごめんね、私ドラマも映画も全然見ないから」 これは嘘だった。 このところ映画を見るようになったし、定額見放題系のサービスに登録して、彼の名前を検索して出てきたものはちょこちょこと見ている。 まだまだ駆け出しなこともあって主役の友人といったサブキャラクターや、名前すらおぼろげな端役がほとんどだったけれど、どれも絶妙に存在感があった。……贔屓目なことは、否定できない。 「ふーん……なら、僕が出た作品でおすすめがあるから、それを見てよ」 「なんで」 「だって頑張ったんだ」 「ふっ、なにそれ。酔ってる?」 可愛らしいことを言うものだな、と思いつつまたジンライムを飲んだ。スカッと爽やかなライムの香りと、ジンのアルコールが喉を軽く焼いていった。
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