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おすすめだと言った彼の作品は、実のところもう見たことがあった。
このところ世に出ているものでは一番新しい作品で、セリフも多く主役とは別軸にいるもののよく出てくるキャラクターだった。役どころとしては記憶喪失になった青年で、本編で追いかけている事件の根幹にかかわっていた人物だ。
回想シーンや失っていた記憶を取り戻すシーン、そしてそのキャラクターの最期……思い出す限り、儚い場面が多くこちらの涙を誘った。確かに彼がおすすめするのもよく分かるほどいい役どころとキャラクターだったと思う。
「猫田の方が好きだけどなぁ……」
ぽろっと口から漏れていった言葉にハッとしたところで、彼の耳にはもう私の言葉が届いている。
猫田。この間見ていた映画に出てきたサブキャラクターだ。猫が好きな山田くんだから猫田、そんなあだ名をつけられていた高校生。穏やかで優しくて、それで眼鏡がよく似合……あ。
「やっ、やっぱり佐生寺の方が好き!」
慌ててさっき彼のおすすめしてきた作品に出てくる彼の役名を言ったが、それも結局墓穴である。
「もしかして、僕の出てる作品見てるの?」
「みっみてないよ、全然見てない! 今公式サイト見ただけだし」
「携帯触ってなかったよね」
「さ、触ってたよ! そっちがおつまみ食べてる隙に見た」
「見てなかったけどなぁ」
見たの、と強く主張すると、彼はふっと吹き出すように笑ってから、わかったよ、と頷いた。
仕方がないなぁ、という声が聞こえてきそうなほどに、その仕草には見覚えがあって心臓を掴まれたような心地になる。
ああもう、落ち着かない。
彼と一緒にいると、落ち着いたり落ち着かなかったり、いつもフラフラとして困ってしまう。
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