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8「戦いにすらならない」
誕生日プレゼントに悩んでいた。
何が欲しいかはわかるけれど、本をプレゼントするのはなんだか面白くない。
去年はお金もそんなに溜められていなくて、安い物を買ったから今年は高い物を買いたい。
そう意気込んだものの、その縛りがむしろ自分の中でハードルを上げて、どれがいいなにがいいと頭を悩ませるばかりだった。
「ねえ一華!」
休み時間。悩む私の前に座った友人から、甘いベリーの香りが強く香る。
「なんかいい匂いする」
「あっ、わかった? 今それの話しようと思ったの」
嬉しそうな顔をしている彼女にだらけて机に突っ伏していた姿勢を少しただし、どうしたの、なんて問いかけた。大方、彼氏の惚気に違いない。
そう思っていたが予想は大当たりで、記念日に香水をもらったのだとか。
「超いい匂いだし、見てこれ、瓶も可愛いでしょ」
携帯を見せられ、液晶に映るフィルター越しの香水瓶は確かに可愛らしいデザインだった。いかにも女の子らしくピンク色をしたそれは彼女の雰囲気によく似合う。
「ねえ、香水って嬉しい?」
「めっちゃ嬉しい! すごい真剣に選んでくれたみたいでさ、鼻可笑しくなったって言ってたけど、そうなるくらい悩んでくれたんだなぁって思えるし」
なるほど。
天啓でも得た気分で、ずっと浮かれて楽し気にニコニコとしている彼女にお礼を無意識に言っていたし、彼女は少し不思議そうな顔をしていた。
それからその日の放課後に少しだけ遠出をして、品揃えがかなりいいらしいフレグランスショップへ行った。
お店に入った途端に香水の香りが全身を包んで、それだけで少し楽しくなりつつ、とにかく色々な香水の香りを試した。
私も顔も知らない友人の彼氏のように鼻をおかしくし、お店に置かれているコーヒーの香りで鼻をリセットしまたムエットを嗅ぐ。
「これだ……!」
コーヒーの香りを三回ほど嗅いだころ、貰った有名なブランドロゴが明記されたムエット。
どちらかと言えばメンズ寄りと言われて差し出されたそれを軽く揺らしたとき、香った奥深いスパイシーだけど甘い香り。
涼やかなのに柔らかくて甘い、ミステリアスなその香りは頭の中で玲央の姿がふんわり揺らめくくらい玲央らしい香りだった。
絶対にこれにしよう。そう意志を強く固め、値段を見た時は少し気後れもしたがそれを購入し、ラッピングもしてもらった。
そうしてその香水を持ち帰る間も、渡すまでの日々も、毎日が楽しかった。あの香水を渡したとき玲央が喜んでくれるか、どんな顔をしてくれるのかと胸を躍らせ、それからあの香水に似合うような服装や髪形を考えるのも全部楽しかった。
「はいこれ、誕生日プレゼント!」
つにやってきた誕生日、そんな豪華なお祝いは出来ないけれど二人でレストランに来て、今は食事が運ばれているのを待っていた。そんなタイミングに早く渡したくてたまらなかったプレゼントを渡すと、玲央は小さい紙袋を見て目を丸めた。
「これ、ブランドのだよね」
「あっいや、全然。そんなすごく高い物じゃないから」
申し訳なさそうな顔を一瞬見せたものの、ありがとう、とすごく嬉しそうに笑ってくれる玲央に思わず胸が高鳴る。玲央は笑うと可愛いのだ。いつもは綺麗だけれど、こうして嬉しそうな顔をするとすごく可愛い。
「中身、聞いてもいい?」
「香水だよ、嫌いじゃない?」
あっ、と言いたげな顔をした玲央を見て、しまったなとすぐに察してしまった。
苦手な人もいるのに、何も考えなくなった自分を恨めしく思い始めていた時、正直なところ、と玲央が口を開く。
「香水はそんなに得意じゃないんだけど。でも、一華ちゃんがくれたってだけで好きになりそう」
また嬉しそうに、それどころか私が蕩けてしまいそうな笑顔でそんなことを言われて、カッと顔が熱くなった。
大好きだと、誰かにこの脳内を見られたらきっと馬鹿にされそうなくらい、玲央への思いが溢れていく。そしてその思考のまま、私は良かったぁなんてヘロヘロした声を漏らして笑っていた気がする。
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