8「戦いにすらならない」

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絵になるな。 照明を浴びながら演技をする二人を眺めていると、目の前で起こっていることなのに液晶の向こう側を見ているような気分になった。 その世界から爪弾きにされているとでもいうか、いや、まあ、劇中に私たちは存在しないためそう思うのもおかしな話ではないのかもしれないけれど。 剣継さんの役柄としては、彼演じる「住野」の元カノとでもいうか、複雑そうな関係値の女性だ。 彼の役自体は主演二人の恋路を引っ掻き回すタイプの当て馬なわけだけれど、それの報われない相手役とでもいうのが適切だろうか。 とにかく恋慕している、喉の奥から手が生えてきそうなほどに「住野」が欲しいというのを一目見ただけで感じさせる演技で、どうしてなのか時折ため息が漏れた。 「暑いですか」 映像チェックの間に彼のメイクを軽く直していると、身をかがめた彼に小さい声で問いかけられた。 「えっと?」 「汗、少しかいてるので」 「嘘っ、ぁっ、す、すみません。暑いわけじゃないと思います」 冷や汗なのだろうか。まるで思い当たる節がないが、確かに額に汗が滲んでいる気がして自分のメイクなど気にせずごしごしと手の甲で拭う。 一体何に焦ったのか。自分でも理解しがたい感情に困り果てつつ、それでも仕事は済ませてパウダーを仕舞った。 「体調悪いの」 また小声で囁くように問いかけられ、今度は違う意味で汗をかきそうになる。大丈夫、と小さく首を振ると、本当、と伺うように言葉が続いた。 普通の声で話してほしいとも思うけれど、周りに聞かれたい話でもない。特にあの飲み会にいたメンバーからすると、そんなに心配するほど私があの時は酔っていないことくらい知っているだろうし。 「昨日、結構酔ってたから心配で」 「大丈夫だよ。もう二十三だよ、酔った後の対処くらいは自分で何とか出来るから」 「そっか、そうだよね」 なんで、そんなに寂しげな顔をするの。 知らない間に大人になった。十八から二十三の五年間、その五年は大きい。まだまだ子供を抜け出せずもがいている時期から、大人であることを嫌でも意識する歳になっている。 その五年を、まるで惜しんでいるみたいに。 いや、そんなはず。 ない。 私がそう思っているだけで。 ……私、そんなこと思っていたんだ。
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