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 教室の黒板に自習の文字を見つけると、今日もいつもの屋上に足を運ぶ。他のクラスは授業中なので、ペタペタと歩く自分の足音だけが響いている。階段を上がり、屋上のドアノブを開ける。蝉の鳴き声もすっかり消え、少し肌寒さが気になる風が身体を覆った。  ドアを開けると、屋上のフェンスに寄りかかって座っている少女が一人。これはいつも見る光景だ。そして、屋上のドア付近の壁に隠れるように少女を見ている死神が一人……一人という表現で合っているかは不明だが、これもいつも見る光景だ。  死神を一睨みして、腰かけている少女に近付いた。俺の姿を確認すると、「おっ、今日も来たね」と微笑んだ。  彼女は水島あかり。同じクラスだったが、屋上で話をするようになるまで、一度も話したことはなかった。なぜなら彼女は、学年一の優等生で、クラスでは必要以上に話さないくらい寡黙な少女だったからだ。  俺は推薦で大学の入学が決まっていたから、自習時間はいつも暇だった。ある日フラフラと屋上に来てドアを開けると、水島がフェンスを握りしめて校庭をボーと見ていた。話したこともなかったし、ちょっと気まずいから戻ろうとしたが、本当になんとなく話かけてみたんだ。  そしたら、水島は教室では見たことがないくらいよく笑って、よく話をする子だった。教室で話さないのはなんでか聞いてみたが、特に理由はないそうだ。水島は俺が屋上に来ると、決まって質問を投げかけてくる。時には難しい政治の話だったり、時には納豆には結局何が一番合うかなんてどうでもいい話だったり。お互い推薦で進路が決まっていた俺たちは、自習時間になると、待ち合わせもしていないのに、屋上で会うのが普通になっていった。  そしてある時、違う存在もいることに気付いた。結構前からいたのかもしれないが、いつも隠れるように水島を見ていたから全然気が付かなかった。言い忘れてたけど、俺は昔から死神が見える。最初は嫌で怖くて仕方なかったが、慣れとは恐ろしいものだと思う。だけど俺が今まで見てきた死神は、堂々と空を飛んで、鎌を構えて強そうだった。なのにあいつは……いつも物陰からオドオドとこちらを眺めているだけだ。  死神がいるということは、そのうち水島を連れて行こうとしているのだろうか、と何度も考えた。しかし如何せん死神が弱そうだし、こいつ絶対仕事できなさそうだ……となんだかんだで結局放置してしまっている。 「瀬田君! 聞いてるの⁉」とちょっと怒った声が聞こえて我に返る。死神のことを考えてて全然聞いてなかった。 「ごめん、違うこと考えてた……本当ごめん」  素直に謝ると、全くもう、と眉を顰められたが、そこまで怒ってなさそうだった。 「今日のテーマは何?」 「今日はねぇ、某RPGの主人公は幸せか不幸せか!」  なんだそれ、と最初は思ったが、ふと俺も昔ちょっと考えたことがあるなぁと思った。小学生の頃からゲームは好きな方だ。もちろんRPGも好きだった。 「面白いテーマじゃん。俺もねぇ、昔ゲームしながら思ったことがあるんだよ」  俺は笑いながら、いつもよりも饒舌に話し始めた。 「ある時突然魔王を倒して来いとか親に言われてさ、行く先々の街では国王から魔王を倒すための装備が渡されんの。国民は無責任に『頼みましたぞ、勇者様』とか言ってくるし。危ない場所に入るための杖とか渡されて? 持ってるお前が行けよ! って思ったことあるなぁ」  ノリノリで話続ける俺を、水島は楽しそうに聞いていた。ふと我に返って少し恥ずかしくなり、「なんで今日はそんな話題なの?」と聞いてみた。 「うーん……生まれた時から自分の使命が決まってるのって、やること決まってて楽なのかなぁって。それとも他にやりたいことがあるのに渋々なのかなぁって思って。この世は職業の選択肢が多過ぎるじゃない? 自分が本当にやりたいことが最後まで見つからない人だっているし。だから、自分のやるべきことが決まってるRPGの世界に憧れたりもしたんだけど、突然それって幸せなのかなって疑問に思ってね」 「確かに職業多過ぎな……俺実はやりたいことまだ決まってなくて。とりあえず大学行って決めよう、って感じ。俺は強くてリーダーシップもある勇者に憧れたなぁ。けどそれはただの憧れで……できれば俺は、前から3番目くらいの立ち位置にいて、戦闘の時も後ろから援護する……魔法使いあたりになりたい。まぁ、賢者でもいいんだけどさ、一番最初にやられっちゃったら、『お前が倒されたら誰が回復と蘇生すんだよ!』って仲間に怒られそうだし……」  最後の方はか細い声だった。それを聞いて水島が大声で笑い始める。居た堪れなくなって顔をプイッと後ろに向けると、壁の陰にいた死神が腹を抱えて笑っていた。結構遠くにいるのに聞こえていたのか。あいつに笑われると無性に腹が立つ……思いっきり睨み付けたが、笑ってて全く視線に気付いてもらえなかった。 「ハハハッ! 瀬田君らしいね。面白い! RPGの世界は蘇生があるもんね……教会でも生き返ることができるし。だから、捨て身で戦えるのかな……」 「確かにね。倒されても仲間が生き返らせてくれる。蘇生の道具もあるしな。けど、どんなに生き返ることができても、痛いことに変わりないからなぁ。自分が殺された時の記憶を持ったまま、また生き返るってかなり残酷じゃね? やっぱり俺はこの現実がいいかな。……いや、ちょっと待てよ。魔王討伐メンバーじゃなくて、勇者に重要な情報を教える町人Bあたりが一番かも……」  真顔でそう言うと、また大声で笑われた。さぞかし弱い男だと思われてるんだろう。ハッとして恐る恐る後ろを振り返ると、やはりあいつも腹を抱えて笑っていた。死神って殴れるのだろうか。
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