第一章 雨音は死者の声

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第一章 雨音は死者の声

 洋麺軒 陽洋は、【山と野原自然公園】に隣接し、常に予約で一杯になっている人気の洋食屋だ。個室で提供されるディナーは、接待の場にも使用されるが、恋人のデートスポットとしても人気だった。陽洋の自分だけの庭と呼ばれる、窓の景色は、本当の公園とは別に、陽洋の箱庭もあり、別世界のように美しく、もしくは楽しく作られていた。 「ごめんね、佳樹ちゃん。今日も予約が一杯で……お断りできないのよ…………」 「はい、知っています」  しかし、今日は経営者でありコックの高島 洋平が風邪をひき、急遽、俺がディナーを作る事になった。 「私も手伝うから」 「陽子さんは、朝もあるので休んでください。今日は御崎さんも、竜ケ崎さんもいるので大丈夫です」  陽洋のコックは四人いて、俺は普段モーニングとランチを担当している。ディナーのコックは、洋平と御崎、竜ケ崎の三人で、交代制になっていた。だから、普段もコックは二人で、洋平の代わりに御崎が出てきたので、本当は俺がいなくても大丈夫なのだ。 「それよりも、御崎さん、連続出勤させてすいません」 「いいよ。予定は入っていなかったし。今度、土日に休んで家族旅行に行く事にした」  御崎は急遽出勤になったので、家族から別の約束をさせられたようだ。 「そうしてください」  御崎は家族思いの男性で、生真面目でしっかりと定番料理を作る。味にブレもなく、安心して店を任せられる逸材であった。こういう基盤となる人材がいるので、陽洋は美味しいのだ。 「俺も休みが欲しいよ。佳樹、今度、一緒に旅行しようぜ。俺の実家に」 「それは、俺に運転を任せて実家に行こうというわけですか……」  竜ケ崎は、俺よりも二歳年上で、色々と悪い事も教えてくれる先輩の雰囲気がある。そして実家は蕎麦屋で、竜ケ崎は長男であった。  竜ケ崎が実家を継ぐのかと思っていたら、姉がいて、既に店を切り盛りしているという。  蕎麦打ちを覚えたいので、竜ケ崎の実家は魅力的だが、やや山奥にある。 「蕎麦打ちを教えて欲しいので、行ってもいいですが……」 「よし、決まり!」
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