第一章 雨音は死者の声

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 そして、俺は塩家の代わりに前菜を運び、サラダも出した。サラダは持ち帰りたいとの追加注文が入り、野菜を確認して作っていると、相良からも追加が入った。  そして、一人で食べているのが嫌になったのか、天野がカウンター席にやってきた。そして、厨房を見ながら食べると言い出した。 「相良さんは、いつもこうだ。誘っておきながら、接待を忘れる」 「本日は接待でしたか」  多分なのだが、天野は客を装って、陽洋の下見にきているのだ。  陽洋は天野が持っているレストランとは、やや趣が異なる。天野は価格により、店舗を分けていて、高級店はランチでも高級だった。陽洋のように、モーニングとランチの前半は会社員が多く、ランチの後半はファミリー、そしてデザートは学生も多いなどという幅広い客層を持っていない。 「この店は、ディナーだけでも利益を出せるでしょう。薄利多売なランチなど、止めたほうがいいい」 「レストランは、夢を売る商売です」  陽洋は、ランチの客がランチだけ使用しているのではない。勿論、モーニングも利用するが、ディナーも使用するのだ。 「この店のディナーを両親に食べさせたい。家族に食べさせたい。自分が美味しいと思うものを、共有したい。それが小さな幸せです」  ランチは、どうしても手のかからない軽食になってしまう。その点では、ディナーはもっと充実した料理が出せる。それに、個々に合わせて、料理を変えられる。 「ランチは広告のようなものか……」  しかし、カウンターで見られていると、仕事がし難い。 「陽洋を買い取ろうとしたけどね、断られた。そこで、陽洋の知り合いだという相良さんに頼んでみたら、一度、食事をしてみろと言われてね……」 「それで、いらしたのですか」  前菜とサラダ、スープが終わったが、俺にはまだデザートが残っている。あまり、天野に関わっていられない。そこで、塩家をチラリと見たが、塩家は相良につかまっていて、首を振っていた。 「立地がいいのかと思ったけれど、そうでもない。建物もまあまあだが、素晴らしいというわけでもない。ならば、料理なのかと思って来たのだけどね…………」  陽洋は高級食材を使うような料理ではなく、手間をかけて、造ってゆくようなものだ。
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