第一章 雨音は死者の声

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「それと、不思議な店員。人は一点物で、替えが無い。だから、ここに来なければ会えない」  最近、塩家を目当てにやって来る客も増えた。やはり、塩家は役者で、雰囲気に華がある。それに接客が丁寧で、老人にも人気だ。  天野を観察しているわけにもいかないので、俺は厨房に戻ると、デザートを用意した。そして、各個室に運んでおく。そして、最後に天野の横にデザートを出した。 「天野様、デザートでございます」 「ありがとう」  デザートにアイスもあるのだが、天野はメモに集中していて溶けてしまいそうだ。これは、デザートを出すタイミングが悪かっただろうか。俺が皿を下げて、新しいアイスにしようとすると、急に天野が顔を上げ、デザートを食べ始めた。 「元妻にも、食べている時に仕事をするのは止めてと言われていたな…………子供はとても可愛いと思った。でも、妻は怒った。もっと父親らしくしてと……」  天野は学生結婚し、すぐに子供が二人生まれたらしい。天野と妻になった女性は、最初は同じ夢を追っていた。それは、自分が企画した店を持つ事で、レストランを遊園地のような場所にするというものだった。 「来るだけで、ワクワク、ドキドキする場所……それをレストランで出来たらいいね……でも、妻は先に母親になってしまった」  そして、天野を置いて家を出ていった。 「確実な仕事をして欲しい。こんな懸けみたいな企画はやめて……一緒に夢見ていた頃とは、違う人になってしまった」  それは天野が、借金をしても新しい企画を行うからだ。家族を持った妻は、もう手堅く商売して欲しいと望んだ。億という借金を背負う事は、子育ての上では不安であったのだろう。  しかし、そうやって天野は成功していった。 「陽洋に来て、妻の言っていた事が分かった。こうやって、手堅く、真面目に商売していれば、別れるなんて事はなかった」
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