第七話 壺の解放

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第七話 壺の解放

「どういうことですか、朔太郎先生」 「だから、真実を伝える人は海波さんだけで十分だと言ってるんです」 どういう意味だろう、と思ったが、話の腰を折るのは控えておいた。遥人はもう寝てるようだ。 「護道の遺書は偽装、壺は贋物ですね」 壺が贋物。話についていけない。 「先ほどは昭一さんと昭次さんをめぐる跡継ぎ争いを中心に話しました。しかし、それより一代前にも同じようなことが起きてたんです。それが常護さんと昭護さんです。」 海波のひいおじいさん。 「常護さんは跡継ぎ争いに敗れました。しかし、それでは納得がいかなかった。何とかして、自分を、いや、自分の家系を当主にしたいと考えたのです」 「そこで、用意されたのが壺と、それについてかかれた遺書です。これらをさもずっと前からあったように見せかけ昭護さんに吹聴しました。その結果、伊野里家はあるはずもない壺の中身を奪い合うことになったのです。」 あるはずもない。全て常護の嘘っぱちだったのか。 そうでしょう?、と海波に返事を促した。 「ええ、そうです。全ては昭護の家系を潰すために用意した策略。結果的に壺の奪い合いは殺しあいにまで発展しました。」 「では、あなたの一家の計画は全て思惑どおりになったのですね。」 ちょっと待て!私は反論した。 「まだ完全に常護さんの家系が当主になると決まったわけではないだろう!茜さんや北斗さんだって跡継ぎ候補だ!」 「この一家はずっと続いている男系の家族だ。そう簡単に女系を当主にするわけにはいかない。伊野里家の血を受け継いでいる人間は僕しかいないんだ!」 何という執念。当主になるためだけに、四代にかけて計画を遂行し続けていたのか。 私は海波が酷く恐ろしく思えた。 私は喉の奥から声を張り上げた。 「じ、じゃあ!なんで!今年の八月三十日なんだ!」 「源三くん、君は昭次さんがいつ死んだか覚えているかい?」 「それは、十五年前だ」 「そう。さきほど昭次さんは康子さんに殺されたと言いましたが違ったようです。おそらく昭次さんを殺したのはあなた、いや、あなたの父ですね」 ご明察です、海波が言った。 「そして、昭次さんが殺されたのは八月三十日です。十五年前の八月三十日なんです」 今日が、時効なのか。常護の家系が唯一犯してしまった罪。それが時効になってから、全てを発覚させる必要があったのか。 「気づいたようですね。そう、常護さんの家系は非常に慎重でした。誰一人、罪を犯さず、唯一犯した罪は時効にしてしまった。一切てをつけず一家を皆殺しにしたのです。壺の外側から壺の内側をいじくるなんて言う無茶なことを可能にしたのです」 それが宴の主催者。宴を主催していたのは間違いなく常護。 殺し、殺される。不思議な連鎖が続いたこの事件は思えば康子の死に始まり、康子の死に終わった。本当に壺のようだ。 私は恐れつつ、声を震わせて聞いた。 「では、あなた方の計画は、」 「そう!全ては見事成功ですよ。殺し合いは予定どおり八月三十日に終わりました!壺は割れたんだ!昭護の家系はおしまいです!僕が伊野里家当主だ!」 私は戦慄した。 海波がこちらを振り返ったとき、今までにないほどの笑みを浮かべていたのである。東とは似ても似つかない邪悪な笑み。 「お二方も遥人さんも、僕の計画に協力していただきありがとうございました。」 「はあ、参りましたよ」 先生は半ば諦め気味に、言った。 それはあくまで話を穏便に済ませようというものだった。 先生は自嘲気味に微笑む。 「これが、」 先生はスッと口角少し上げて笑った。 「ええ、これが」 海波も笑う。 壺中の宴ですよ。 海波は去っていった。 私はその場で呆然と立ちすくむことしか、できなかった。 私もまた壺に取り込まれていたのかもしれない。朧になっていく意識のなかで静かに想像した。 伊野里家に伝わる偽りの壺。あの中身は何だったのだろう。 壺を割ったとき、出てくるものは本当に家宝か。 凄惨な殺しあいの残骸ではないのか。 私は酷くその壺が恐ろしく見えた。
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