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「えぇっ?!」
思わず声を上げると、一郎さんは歪んだ笑みから、目を垂れさせた普通の笑顔になって言った。
「大きな声出るじゃない。ずっと俯いてボソボソ喋ってたから、根暗なのかと思っていたよ」
「ね、根暗だなんて……」
梅吉から、昔は明るかった、なんて言われるくらいだから、そうなっていたのかもしれないけれど……。
「だから、僕が貴女を抱く事は一生ない。それでも良いならこの話は進めさせてもらうよ」
また、風が吹いた。
さっきより穏やかな秋風が、私の着物の袖と、一郎さんの長めの前髪を揺らす。
……そうだ。
世の中にはきっといろんな夫婦がいるはずだ。
一生、肌を合さなくても、愛がなくても、穏やかに暮せればそれだけで私は不幸ではない。
きっと、この人は、私を傷つけない——
私は小さく頷いて、ハッキリと答えた。
「はい、よろしくお願いいたします」
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