1163人が本棚に入れています
本棚に追加
「……一郎さんは、そのような妻をご所望ですか?」
伯爵の家なら、お金さえあればそういう優雅な生活も送るのだろうけれど、私は、あくまでも一般の家に嫁いだのだから、他にやることがあるはずだ。
「僕に妻の理想像なんてないから。前の結婚と同じようにしていたら? 貴女に任せるよ」
「……え、あ、はい」
疲れた顔をして、一郎さんは背を向けて布団に入ってしまった。
「……おやすみ」
「はい、おやすみなさい……」
電気を消して、しずしずと私も布団に入る。
柱時計の秒針の音を聞きながら、目を瞑って一郎さんの言葉を頭の中で反芻した。
——“貴女” か。
たとえ、形だけであっても、せめて名前で呼んでくれないかしら。
……そういえば、あの見合いの日から、彼の笑顔を見ていない。
最初のコメントを投稿しよう!