prologue 再会

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prologue 再会

8月6日(日曜日) 晴れ  ●●● 「……今日はよく晴れたね」 「そうだね」  二人で晴れ渡った空を見上げる。静かな墓地は蝉の鳴き声さえ遠い。  本当なら昨日来るはずだったのだけれど、10年の節目のお参りをわざわざ雨の日にする必要もあるまいと、1日ずらした。  10年という長いのか短いのか分からない期間に、色々あった。私──野嶋(のじま)夏凪(かな)は、恋人だった宇都美(うつみ)春翔(はると)を亡くしてから今日まで、新たに彼氏を作ることもなく、ただ漫然と生きてきた。一応大学も出たし、社会人にもなったけれど何かが成長したという達成感もなかったし、大人になったような自覚もない。  春翔とはマンション(自宅)が隣同士だった縁で、幼なじみから恋人という関係にステップアップした。シングルマザーだった私の母と、春翔のお母さんが意気投合して、しょっちゅう互いの家を行き来していたことも関係を繋いできた要因の一つだったと思う。けれどおばさんは春翔の弟である暁斗(あきと)を産んだ後しばらくして亡くなった。春翔が11歳の時のことだ。  私はシングルマザーで多忙だった母を助けるために家事を覚えていたこともあって、おばさんが亡くなってすぐの頃からお隣に入り浸るようになった。帰宅してからの時間のほとんどを暁斗の世話に費やしていた春翔を、支えようとしていた自覚はある。無自覚ながら、私はこの頃から春翔が好きだったのだ。  学校帰りに春翔と二人で保育園に暁斗を迎えに行って、春翔の家で掃除洗濯料理、暁斗のお世話に、宿題の手伝い──なんでもやった。春翔のお父さんも、仕事をなるべく早く切り上げて帰ってきたりしていたけれど、家事が得意でないこともあって、暁斗のお風呂と夜泣きの対応をメインでやっていたようだ。私もさすがに夜は自宅に帰っていたので、よく知らないけれど。  おじさんは、私にとってもお父さんに等しくて、テストの点を大袈裟に褒めてもらったり、春翔や暁斗と一緒になって頭を撫でられたりすると、照れくさくてくすぐったくて嬉しくなった。父親を知らないからこそ、おじさんの大きな手や大きな背中は「父親の象徴」のようで大好きだったのだ。  一時期、自分の母親に「春翔のお父さんと結婚すればいいのに」などと言ってみたことがあるけれど、母は「何言ってるの」とあっけらかんと笑っただけだった。そんなに悪い提案ではなかったと思うのだけれど、母は母でずっと私の父だと言う人を想っていたらしい。なんでも大企業の跡取り息子だとかで、庶民である母との結婚は反対されたのだそうだ。私を産むことは渋々許してくれたらしいけれど、結婚は許されなかった。──そんなドラマみたいなことが自分の身近で起きるなんてと、話を聞いた当初は驚いた。「それなのに好きなの?」なんて残酷なことを聞いた日もある。母は痛みを堪えるような顔で、「将来、財産の一切を放棄することを条件に認知はしてもらえたからいいの」と笑っていた。  そんな母は私のやることに口を出したり、止めたりはしなかった。ただ時折、悼むような眼差しで春翔を見つめ、暁斗を抱き、そしておじさんに労りの言葉をかけていた。母に抱かれる暁斗は不思議とほかほかした顔をしていて、やっぱりお母さんてすごいんだな、なんて思ったりもした。  そしてそんな風にみんなで育んだ暁斗が8歳になった年、春翔は18歳で亡くなった。亡くなる数日前に頭を打っていたことが原因だったらしい。呆気ないくらいの最期だったようだ。「『また明日な』って言ったくせに嘘つき」と呟いたあの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。  春翔が亡くなってからも暁斗が心配で、私はお隣に入り浸りだった。暁斗はただの「お隣の子」ではなく、私にとっても弟だったのだ。  食事を作り、一緒に宿題をして、埃が目立つ時には掃除をした。おじさんは帰ってきて私の顔を見ると、「ありがとう」と優しく笑ってくれた。それは春翔が生きていた頃と変わらない習慣だったけれど、私は曖昧にしか笑い返せなくなっていた。春翔とちゃんと恋人になったのは高校の入学式の日からだったけれど、その前からずっと家族同然の付き合いだったのだ。もちろんおばさんが亡くなった時も悲しかったけれど、それとは比べものにならないくらいの衝撃だった。  表情が上手く作れなくて、笑えないし泣けないし、怒れない。ただずっと淋しくて悲しい気持ちで沈んでいた。母もおじさんも、そんな私を受け入れてくれたし、暁斗もすごく優しく寄り添ってくれた。こんなに小さいのに、そしてあのバカでガサツな春翔の弟なのに、すごく紳士だった。暁斗と2人の時だけは、少しだけ表情を出すのが上手だったと思う。ひたむきな眼差しに、ちゃんと応えたいと思えたからだ。友人達とは同じテンションを保つことが難しくて、つかず離れず見守っていてくれることに感謝しながら、少し距離を置いた。10年経った今でも疎遠のままだから、「友達」と呼べるような人はいないと言っていい。  大学受験は上手くいく気がしなかったのに、神様がおまけしてくれたみたいで希望の大学に入れた。良かったのか悪かったのかは今でも少し判断に迷うけれど、大卒資格はちゃんと手に入ったからよかったのだと思うことにしている。  そして私が社会人になった頃、母はずっと想っていた人と結婚できることになった。私の祖父に当たる人が亡くなったのだ。父はそれまでずっと独り身でいたらしい。祖父に何度も何度も何度もお見合いさせられて結婚をせっつかれたのに、そのたびのらりくらりと躱していたのだそうだ。よくもまぁ頑固そうな爺さんに楯突いたなと思ったけれど、頑固さを譲り受けたんだろう。  結婚自体は祝福出来るけれど、さすがに今更父とか言われても、と同居を辞退して、私は実家で一人暮らしをすることにした。暁斗のそばにいてやりたかったからだし、やっぱり私のお父さんはおじさん一人で十分だったからだ。  仕事終わりにお隣に行って、暁斗と一緒にご飯を作って食べて、宿題はもう、見てもなんだか覚えていない公式が多くて、丁重に謝罪しておいた。「お前はちゃんと勉強なさい」と神のお告げのように言ってやったら、神妙な顔で「分かった」と納得していた暁斗はやたらと可愛かったことを覚えている。  そんな生活にも慣れた頃に、おじさんが交通事故で亡くなった。あの時は、本当に苦しくて辛かった。私達ばっかりどうしてと思ったし、ますます暁斗を放っておけなくなった。  おじさんの葬儀の場で誰が暁斗を引き取るかで揉めているオトナ達の姿に腹が立って、「私が面倒見ます」と宣言した時、一番恐縮していたのは当時15歳の暁斗だったけれど、暁斗は私の弟なのだから面倒を見ることになんの違和感もなかった。「これまでもずっと助けあってきたのだから何の問題もない」と啖呵を切った社会人なりたての小娘の言葉を、侮辱ととった親戚達は派手に腹を立てていたけれど、暁斗は「本当は夏凪(ねえ)と一緒がよかったんだ」と私を選んでくれた。  多少悩んだのは暁斗の家で暮らすか、私の家で暮らすかということくらいだった。間取りも同じ、住所もほぼ同じ。ずっとお隣に入り浸っていたのだから私が隣に移ると母に宣言して、母はそれを受け入れてくれた。「私も好きに生きている。あなたも好きに生きなさい」と私に言ってくれた母は誇りだ。「資金援助くらいはさせてくれ」と申し出てくれた父にも感謝しかなかった。  そうして私達は今も、二人で暮らしている。古い2LDKの間取り。私は、おじさんが使っていた部屋に自分のものを持ち込んだ。実家だった隣の家には、今は新婚らしいご夫婦が住んでいる。 「……夏凪姉」 「ん~?」 「やっぱり日傘買えば? もうすぐ誕生日なんだし、プレゼントするよ?」 「あー……いいよいいよ。どうせ使わないもん」 「またそんなこと言って。すっごい顰めっ面じゃん」 「違う違う。ちょっと……考え事してただけ」  「行こ」と暁斗を促す。  途中の水場でバケツを借りて水を汲み、持ってきた綺麗な布巾で墓石の掃除をしていたら、普段は滅多にかかない汗が額に滲んでくる。雨が上がった翌日、湿度も温度も絶好調に高い。冷房が常に効いているオフィスで事務仕事をしている体には少しキツい。  ふぅ、と無意識に零した溜め息に、気づいたらしい暁斗がそっと笑った。 「熱中症になりそうだね」 「ホントだね、気をつけないと。……帰りはどこかに寄ってから帰るのもアリだね」 「そうだねぇ」  暁斗と言葉を交わしながらの掃除も、もう手慣れたものだ。  熱中症になる前にと手早く掃除を済ませたら、持ってきたお線香に火をつけて二人一緒に手を合わせた。お墓に手向けるには少し華やかになってしまった花束は、花好きだったおばさんにも楽しんでもらえるようにと心を込めたつもりの花だ。  二人でお墓参りに来るときは、暁斗の右後方が私の定位置だ。ここから暁斗を見守るのが常になっている。来るたびに大きく広くなっていく背中が私の支えになっていて、春翔の代わりだなんて言わないけれど、それでも暁斗の幸せを見届けたいと願っている。  そんな風に思いながら、春翔には何一つ囁くことなく手を下ろす。  春翔にかける言葉なんて、溢れて零れて、既に尽きていた。  同じように手を下ろして立ち上がった暁斗は、私より背が高くなった。少し見上げた先で暁斗が眩しそうに目を細めている。春翔も私より背が高かったけれど、暁斗の方がもう少し高い。「行こう」とかけてくれた声も、春翔より少し低い気がする。
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