つまらない

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つまらない

 ああ、人を殺してしまった。こうなったのには、訳がある。  俺は売れない小説家だ。いつも出版社に持ち込みしてもことごとく却下される。俺は一体なぜ生きているのか分からなくなった。  だが、そんな俺を救ってくれるまるで神様の様な奴がいたのだ。彼の名は八嶋秀信といった。彼は、私に半年後に君の小説を載せてあげると約束してくれたのだ。  その半年後というのが今日だった。俺はこの半年間で書き上げた自分史上最高傑作の小説、「U・ELLY-餓死島の秘密」の原稿を持って、彼のところへ行ったのだった。  彼はとある出版社に勤めている。早速そこに入ると、彼のいる部屋を探した。  部屋は直ぐに見つかった。私はドアを開けて入ると、八嶋はソファにごろりと寝そべっていた。随分退屈の様だ。私は彼を起こすと、小説を読んでくれと頼んだ。八嶋は何頁か読むと、原稿を投げ捨て、こう言った。  「君の書く小説、つまんないんだよね。だから要らないよ。もう書かなくていいよ。というか君としても書きたくないんじゃない?いつも自分の書く小説を否定されて」  八嶋がそう言った。  俺はむかついた。だから落ちていた原稿を拾うと言い返してやった。  「だったら貴様、何で射手山羊とかいうパクリ作家を雇ったんだ?しかも約束したよな、半年経ったら俺の小説を、週刊瓜に掲載するって」  「それは昔の話だ。その前に、今の言葉を撤回しろ。あのな、射手山羊はお前なんかより、よっぽど売れっ子作家なんだ。その前にお前は掲載されたことすらもないじゃないか」  とことんむかつく野郎だ。俺はまた言ってやった。  「わからず屋の貴様に教えてやるよ。射手山羊はパクリ小説家だ。数々の駄作をこの世に生み出した、おめでたい奴だ。貴様の会社はそんな奴を雇ってて本当にいいのか?」  俺がそう言うと、八嶋はいきなりカッと怒り、俺に殴りかかった。彼は俺の胸ぐらをつかみ、俺をねじ伏せる。俺は必死の抵抗をする。手足をばたばた動かし、なんとか逃げようとする。  それが功を奏したようで、俺は彼から逃げ出すことができた。しかし八嶋の拳が襲いかかる。一発目は避けたが、二発目は俺の頭に思いっきりぶつかった。俺は痛さによろけた。  そして三発目が来る。俺は避けた。このままだと四発目が来る。それを避けても、五発目、六発目、七発目が来る。いつ当たるか分からない。このままだと死んでしまうかもしれない。  俺の防衛本能は最大に働いた。俺は八嶋の四発目の拳を避けると、蹴りやら拳やら頭突きやらを狂ったように繰り出した。なぜかは分からないけど、それらは全て命中した。  その度に八嶋はよろける。そのすきを俺は見逃さず、攻撃を仕掛ける。その攻撃もことごとく八嶋に当たった。  そして遂に八嶋が後ろに倒れた。よく見ると、彼はもう死んでいた。  俺は人を殺してしまったのだ。  だが、これからどうすればいい?裁判で正当防衛と言い張るか?だがそれにしては打撲痕が多いと言われるかもしれない。  俺は焦燥した。  それと同時に、八嶋のことを思い出した。頭の中に、いくつもの情景が浮かんでは消える。  よく考えてみれば、彼はとても優しい人だった。彼は俺に、とても優しくしてくれたのだ。俺が彼に、今日と同じように持ち込みをしたとき、彼はとても心地よい笑顔で出迎えてくれた。そして、「ケーキでもいかが?」なんて言って。俺に湯気のたった、芳しい香りのする紅茶をすすめてくれた。そしてにこやかな笑顔を浮かべると、俺に、約束をしてくれたのだ。あの頃の俺にとって、八嶋は俺のメシアだった。  それなのに俺は殺してしまったのだ。  数々の情景が組み合わされて一つの映像となり、それが頭の中で再生される。  俺はなんて馬鹿なことをしたのだろう。  軈て映像は止まる。それと同時に頭に猛烈な痛みが走った。痛い。まるで灼けるよう。俺はあまりの痛みに、頭を必死に抑えた。しかし痛みは、おさまるどころか、さらに激化していく。  ああ、痛い。そしてだんだん目が見えなくなってくる。瞼が閉じかかっている。俺は死んでしまう。
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