間話 囚われる妖精

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間話 囚われる妖精

「リュカ先生、おはよう御座います!」 「グレイシアさん、おはよう」  いつの日からか日課になった、薬草花壇の水遣りに、私は今日も顔を出す。実は、この時間が一日の中で一番楽しみな時間なのだ。 「今日は花壇をブロック分けしてそれぞれ違う肥料を与えてみるから、グレイシアさん、手伝ってくれる?」 「はい、もちろんです」  私はリュカ先生にグローブを借りて、急いで装着する。この薬草花壇は、リュカ先生の研究というか、趣味の一環のものらしく、植物と土に関する何らかのデータを取っているらしい。よく分からないが、私は彼のお手伝いが出来ればそれでいいのだ。 「この、肥料、ですかっ?」 「あはは、グレイシアさん、力持ちになったね」  両手でやっと抱えきるほどの大きな土袋に入った肥料を、ふらついた足取りで運んでいると、リュカ先生に揶揄われるように笑われた。  恥ずかしさから顔を赤くしながらも指定された場所へ運び、スコップで肥料を掬った。 「あ、それはこっちに」 「はい」  人生初の土いじりに、不器用な私はよく先生の手間をかけさせてしまう、けれど先生はそんな私に合わせて、たくさん声をかけてくれるから安心してお手伝いが出来た。私はリュカ先生の指示のもと、肥料を撒いた。  私は、何をするにも自信がなく、引っ込み思案な性格だ。私には腹違いの兄がいて、仲が良い兄妹とは言えない関係性だった。兄は不出来な私を馬鹿にしているし、その周りも兄の態度に準じた。ただでさえ、母が位の低い王妃だからと肩身の狭い思いをしてきたのに、私が女で、しかも無能なばかりに母に更に辛い思いをさせて、ごめんなさい、と、これまで何度も心の中で謝り続けてきた。  そんな私にも、何も期待せずに入学した学園で友人が出来た。父と兄を見て、常々思っていたことだが、王族とは強欲な血筋のようだ。それは私にも当てはまっていたらしく、絶対に、私はレイラ・シュテルンベルクと親しくなりたいと思ったので、勇気を出して言った。  王族に『親しくなりたい』と言われて、断れる筈なんて無いのに…と、自分の、関係性を強要するような発言に自己嫌悪したが、レイラは優しく笑って、本当の友人として、対等に接してくれた。  今まで、王族という一点で、心のない敬われ方をしてきた私にとって、初めて失いたく無いと感じた関係だった。  自信のない、引っ込み思案な自分から変わりたい。彼女と過ごすうちに、私は彼女の芯の強さに憧れて、そんな事を考え始めていた。  実は、私は、自分でも気付かないうちにリュカ先生を好きになっていた。気付いたのは、リュカ先生がレイラを見つめる時と同じ目で、私もリュカ先生を見つめていたから。  彼は私よりも年下なのに、とてもしっかりしていて、自分に自信があって、それこそレイラと似たところがある。  考え方も潔くて好きだ。いつまでも、じめじめと考え込む私と違って、リュカ先生はすぐに最適な答えを導き出す力を持っている。  少年、というには、あまりにも大人びていて、大人、というには、まだあどけなさの残る笑顔が危うくて、そのアンバランスさが彼をより魅力的にする。彼はまるで人を惑わす悪魔のような人だと思う。  私が、グローブを嵌めた手で額の汗を拭うと、リュカ先生が「あはは」と、目を細めて笑った。 「グレイシアさん、顔に土が付いてるよ」  そう言って、自然に手を伸ばしてきては、親指で私の額を拭うリュカ先生。  はじめて、彼に触れられた事に、私の心は歓喜して、つい黙って顔を赤くしてしまう。そんな私を見て、リュカ先生もはっとした表情を浮かべては、調子が狂ったように少し頬を赤らめてそっぽを向いた。  リュカ先生の好きな人はレイラだ。私は、脇役のようにそばに居て、たまにこうやって優しくして貰えれば、それでいい——。  ちくちくと痛む胸を、私は笑顔で隠した。
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