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小ネタ 侯爵家に仕える人々
(オマケなようなものです。読まなくても本編には影響ありません。)
✳︎✳︎✳︎
「私と駆け落ちする?」
食堂の扉の向こうから確かに聞こえてきたレイラお嬢様のお言葉。え、駆け落ち? 誠にございますか?
私の隣に立つメイドと顔を見合わせた。
「……すぐに料理長へ二人分の昼食を用意するよう伝えてください! 持ち運びが出来る様に! そして屋敷内の使用人は今から一時間休憩を挟みなさい、もしくは野外の作業に従事するようにと、それぞれの責任者へ伝えてくれますか!」
「はい! かしこまりましたぁ!」
メイドは何故か敬礼すると、サッとこの場から風のように去って行った。
「あ、ヴェルジュ」
ギクっと心臓が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこにはリュカ様が立っていらっしゃった。
「レイとザック兄さん知らない?」
「いえ…お見かけしておりませんが、庭園の方へ向かわれたのかもしれませんね」
私は咄嗟に嘘をついてしまう。シュテルンベルク侯爵家へお仕えする者として、侯爵家のお客様にこのような不敬を……お許し下さいませ、旦那様。
私の脳裏に、一人の紫の瞳をした少年の姿が思い浮かぶ。いつもレイラお嬢様に熱い視線を送りながらも、ご兄弟に押し負けて中々ご自身を出せないでいる内気で純粋な少年のことを…。
将来の、侯爵家のお婿様にお力添えしたい気持ちを優先してしまい、大変申し訳ございません! 旦那様!
「庭園か…分かった、行ってみる。ありがとう」
「お気を付けて」
私は罪悪感を飲み込みながら、庭園へ去っていくリュカ様に丁寧にお辞儀をした。
✳︎
「料理長、本当にこちらへ来てます!」
「なにっ、本当か! あのジジイ、読みがすげぇな!」
部下の料理人見習いの言葉を聞いた俺は、ヴェルジュのジジイの指示を伝えにきたメイドの言葉通りの状況に驚いた。完成したサンドウィッチをウィッカーバスケットに丁寧に詰め込みながら、「おいお前ら、全員休憩だ!」と大声で言った。
皆一様にキリッとした真剣な面持ちで頷き、休憩室へと移動する。侯爵家の方々へお作りするディナー準備の時くらいの真剣さであった。
休憩室に待機すると、そっと忍足でレイラお嬢様とザカライア様がキッチンに入ってきた。俺たちは固唾を飲んでお二人を見守る。
そのバスケットにお気付きください、レイラお嬢様! けれどレイラお嬢様は少し訝しむ表情を見せている。うちのお嬢様はとんでもなく賢く心優しく美しい。その賢さが今回に限っては裏目に出てしまい、俺たち使用人がいないことを不審に感じているんだ。あの表情は間違いない!
「お前ら、笑うぞ!」
「えっ!?」
「いいから!」
俺たちは意味もなく楽しそうに笑った。用意した賄いをとにかく口に運び笑った。
俺たちの存在に気付いてレイラお嬢様はこちらを伺っているようだ。俺たちは笑いながら、その視線をひしひしと感じながら笑い続けた。飯の、味がしねぇなぁ!
俺たちの努力の甲斐あって、納得したらしいお嬢様は俺たちの様子を伺うことを辞めた。
心の底から安堵した。
キッチンから去ろうとする二人の後ろ姿を、俺たちは改めて休憩室からこっそり見守った。
未来のお婿様! どうか、レイラお嬢様と素敵なお時間をお過ごしください! 使用人一同、応援しております!
と、安心したのも束の間。
「あぁ、キッチンには少し喉が渇いたから飲み物を頂こうと、ついでに寄っただけだ」
まさかのエイデン様がここへやって来るとは。
俺は握り拳を作って、レイラお嬢様とザカライア様をこっそり警護している筈のアッシュに内心で怒鳴り散らかした。
アッシュ、テメェ! ここでエイデン様を食い止められなければ、お前の飯は一生作らねぇからなぁ!?
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