弍 転生しました

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「…失礼ながら、ヴァンヘルシュタイン公爵、ここ近年では海難事故が相次いでいるようですね。新聞に取り上げられた記事を読んでいます」  父の切り出した話題に、公爵は気分を害したように眉を顰めた。 「破産した何人もの海商人の生活支援を補填したのだとか…」 「何が言いたい?」 「私の知る限りでは、ルフルス伯爵領地に特産品もなく農産業にも明るくない、伯爵家の主な収入源は港の管理に関する、この一点のみと記憶しています。だからこそ、私は不思議に思うのです。海難事故が相次ぎ、ついに公爵家自らが補填するほど、事業財政は圧迫しているというのに…」  父が先の話を仄めかすよう公爵の様子をじっくりと伺いながら言うと、公爵は顰めていた眉間の皺を解き、何か思い当たったような表情を浮かべて隣に立つ伯爵を見た。 「……こ、公爵様?」  公爵の視線を受けて、伯爵は苦笑いを浮かべる。そこに父が新たな情報を開示した。 「ご存知でしたか、公爵。商人は荷を売るだけではなく、頼まれて運ぶこともあるのです。ルフルス伯爵領入りし、空になった筈の荷車を引いて王都に向かう商人が多いのは何故だろうかと、いつも私は不思議に思っておりました」  公爵の、伯爵を見る目が厳しくなっていく。 「ルフルス伯爵!」  今度は公爵が声を張り上げた。 「君は私の信頼を裏切ったのか!?」 「そ、そんなことはありません! あれはシュテルンベルクの出まかせです! どうか私を信じて下さい!」  青を通り越して白い顔の伯爵は、怯えた表情でその場に膝をつき、涙目で公爵を見上げ縋り祈るように手を組んだ。 「…食糧や日用品類ならともかく、宝石類や高級衣装類などを扱う商人は良くも悪くもハイエナですから、金回りのいいところにしか集まりませんよ、伯爵」  父は微笑んでから「私も商人の端くれですので、内情には詳しいのです」と締め括ると、公爵は公爵家に仕える騎士に命令し、ルフルス伯爵の身柄を連行させた。捉え連れて行かれる父を、サイモンはオロオロとした表情でただ見ているだけであった。  私はせいぜい脅すことしか出来なかったのに、伯爵を完膚なきまでに叩きのめしたお父様ってばさすが、私のお父様だわ。 「それでは、私たちは今度こそ失礼させて頂きます。…今回は獣のした事ですから、ヴァンヘルシュタイン公爵は被害者とも言えるのでしょうが、やはり責任の所在は飼い主にあります。今後、あの獣が私の愛する妻や娘に噛み付かないよう、しっかりと手綱を握って頂きたい」 「ああ…この件に関しても、ご令嬢のことについても、改めてこちらから文書を送らせて頂く」  父は頷くと、今度こそ背を向け母を連れて茶会会場を立ち去った。  私は頼もしい父の肩越しに、こちらをジッと見つめるザカライアの紫の瞳と視線を合わせる。私と目が合ったザカライアは、肩をビクリと揺らして、何故か顔を赤く染めていたのだった。  後日談として、海難事故を偽装し積荷を強奪していた罪で、ルフルス伯爵とその関係者は逮捕され、ルフルス伯爵位は剥奪となった。責任は監督であったヴァンヘルシュタイン公爵へ向けられ、被害者への慰謝料、そして交易関係であった外国との賠償問題にまで発展したこの事件の賠償金は、ルフルス元伯爵の総資産を当てても不足した分は全てヴァンヘルシュタイン公爵家が支払った。
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