参 公爵家の人々

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参 公爵家の人々

 七歳になった私は、一年ぶりに家族と共に王都を訪れていた。今回は茶会への参加のためではない。 「レイラ、いいかい? 気に入らなければ断っていいんだからね。正直私には、レイにはまだ早い話だと思うんだよ。レイなら将来、困るほど話が舞い込んでくるだろうから、その時にゆっくり吟味すればいい」 「んもぅ、ここまで来てあなたったら…もちろん、レイちゃんなら選び放題でしょうけれど!」  馬車が目的地に到着してから十分が経過したと思う。 「…お父様、馬車を降りないのですか? 相手方の侍従が待っているようですよ?」  馬車の窓の向こうに、相手側の侍従が困った表情でこちらにチラチラと目を向け私たちが降りてくるのを待っている姿を見た。  父は私を抱き締めてから「やはり侯爵領に帰ろうか!?」などと駄々を捏ね始める始末。私は父の両頬をムニッと両手のひらで挟むと、その潤んだエメラルドの瞳をジッと見つめた。 「お父様、ここまで来て往生際が悪いですよ」 「レ〜イ〜…」  父は涙目になった。  やっと馬車から降りてきた私たちに、待っていた従僕は心の底からホッとした表情を浮かべ、「ようこそいらっしゃいました」と丁寧で綺麗なお辞儀をした。  そのまま屋敷の中へと案内され、早々に到着した応接室には五名の男女が待ち構えていた。 「息災か、シュテルンベルク侯爵」 「ご無沙汰しております、ヴァンヘルシュタイン公爵」  そう、私たちはヴァンヘルシュタイン公爵の屋敷に招待されたのだった。父親同士、そして母親同士が挨拶を交わす中、取り残された私たち子ども組は………誰も言葉を発さず、沈黙を守っていた。  父と母に目を向けると、未だそれぞれで話に花を咲かせているようである。暇なので、この際、あのヴァンヘルシュタイン三兄弟をまじまじと観察することにした。  まずは嫌でも目に入るザカライアだ。ゲームの時の年齢から遡ると彼は今年で九歳となる。去年と比べてさらに成長を遂げていた。もちろん、横に、だ。去年はまだ見通しの良かった前髪が、今では紫の目元を隠すように長くなっていた。目が合っているのかさえ分からず、何だか陰気度が増えたな、というのが私の感想だった。  次に一番背の高い長男を見る。三人の中で一番男らしい体格をしており、成長途中段階の十歳の少年である筈なのに、どこか大人の色気を纏ったような雰囲気がある。ザカライアと同じ白銀色の髪を短く切っており、スポーツマンのような爽やかさがあった。目の色はザカライアより青みが強く、やや目尻の吊った切長の瞳だ。すぐに目が合ったが、睨まれて目を逸らされた。  最後に三男を見た。私の一つ年下である三男はなぜかすでに私よりも背が高く驚いた。ザカライアと比べて赤みの強い大きな瞳と、白銀色のクセのある長めの髪のおかげでまだまだ幼さがあり、私よりも年下なのだと認識出来たので安心した。三男は長男とは違い、私と目が合ってからはジイっとこちらを伺うよう見つめてきた。  総じて、『ワタプリ』のお助け三兄弟の幼少時代の姿をしっかり堪能したところで、やっと会話がひと段落したらしい大人たちの代表として公爵が言う。 「お前たち三人は、目の前にいるレイラ・シュテルンベルク侯爵令嬢の婚約者候補としてここにいる。彼女と仲良くしなさい」  私は本日、去年の茶会事件をきっかけに私のことを気に入ったらしい公爵本人から自身の息子たちを婚約相手にどうかと紹介され、ヴァンヘルシュタイン公爵家へ招待されたのだ。 「レイ! 無理に選ばなくてもいいんだからね」 「こら、あなた!」  公爵の後ろで父が母に叱られている。公爵は父のひと言のせいで変な雰囲気になった私たち子ども組に、どう接していいか分からず、とりあえず部屋で仲良く遊んでみなさいと、投げやりにとある一室に四人を押し込んだ。 「…なんで俺たちが選ばれる側なんだよ」  遊び部屋に入れられてから、長男が不服そうに呟く。誰か彼の言葉に反応しないのだろうか。残り二人の様子を伺うと、ザカライアは俯いては何やらモジモジとしているし、三男は室内をウロウロと徘徊している。長男は私をチラリと見て返答を待っている様子を見せた。——なるほど、あの言葉は下兄弟二人に向けた言葉ではなく、私に向けた言葉なのだと理解した。
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