参 公爵家の人々

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「勉強も運動も出来ないし、俺だけでなく弟のルカにさえも勝てないじゃないか。見た目だって太っていて醜いから、茶会ではいつもご令嬢たちから嫌煙されている。レオンハーツ王子からは会う度に馬鹿にされ、公爵家を貶める引き合いに使われる。長男として俺がどれくらい恥をかいているか、レイラは知らないから…ザックと一緒にいると恥をかくことになると忠告してやっているんだ!」  最後のほうは叫ぶように力強く言い切っていた。その隣ではリュカが自分には関係ないといった素知らぬ顔で茶菓子を頬張っている。 「……エイデン! お前はもうここに居なくていい! 早く部屋に行きなさ——!」  ガタン。と、公爵の言葉を遮るようにザカライアが席を立つ。皆、彼に注目した。ザカライアは丸々とした顔を俯かせたまま立ち尽くし、そして、勢いよくこの場から走り飛び出していってしまった。 「ザカライア!」  公爵夫人が追いかけようと腰を浮かせる。その前に私がすぐに席から立ち上がったので、夫人は私を見たまま動きを止めた。 「エイデン、ご忠告をどうもありがとう」  思った以上に低い声が出た。どうやら私は不快さを感じているようだ。 「しかし聞き捨てならない。私の、男を見る目が無いですって?」  真っ直ぐにエイデンの青紫の瞳を見つめた。彼はバツの悪そうな顔ですぐに目を逸らす。私は一拍置いて彼の返答を待ったが、返って来なかったので小さく息を吐き改めて質問した。 「自分の方がいい男だとでもいいたいの?」  心底馬鹿にしたような顔で笑った。すると、癇に障った様子のエイデンは眉を吊り上げて私を睨む。私は真正面からその視線を受け止めて、あることを心の中で決意した。だから、自信を持って、確信したようにエイデンに言った。 「もし、たとえ今はそうだとしても、未来がどうなるかは分からない」  ここは『ワタプリ』の世界。自分だけの理想の王子様を作れるのならば、作ってやろうじゃないの、私だけの誰もが羨む素敵で完璧な婚約者を。 「——ぷっ」  リュカの吹き出した笑いに目を向けると、ショートケーキにフォークを差し込んだまま目尻に涙を溜めて彼は心底可笑そうに笑っていた。 「いや、だって、レイラが何と言おうと相手はあのザック兄さんな訳だし…」  私の、何か面白いことでもあるの? という視線に答えるよう、リュカは自分がなぜ笑ったのか説明した。ザカライアに期待しても無駄だと言いたいのだろう。兄を馬鹿にした様子で腹を抱えて笑うリュカの姿に、私は冷笑を浮かべる。 「貴方たち兄弟の吠え面が、今からとても楽しみだわ」  リュカの自信に満ち溢れ傲慢だった表情が歪んだ。私はそれだけを言って、ザカライアの後を追おうと婚約者が走り去っていった方向へ目を向けると、公爵夫人が泣きそうな声で話しかけてきた。 「レイラちゃん、確かにあの子は不器用で、苦手なことが人よりも多いのかもしれないけれど…でも、とても優しい子なの。私が体調を崩すと、毎日、自ら庭で摘んだ花を手に見舞いに来てくれる、そんな、人を思いやれる優しい子なの」  夫人の青い瞳に私の姿が映る。 「知っています。去年のお茶会で私を助けてくれたのは、ザカライアだけでしたから」  私は今度こそ、ザカライアの後を追った。  少し離れたところにザカライアはいた。綺麗な花々に囲まれた、彫刻師の巧みな技から創り出された豪奢な噴水のすぐ下に、肉に包まれたお尻をちょこんと乗せていた。縮こまっていると、ますます肉塊に見える。 「逃げてどうするの。戻るわよ、ザカライア」  私がそう声を掛けると、ザカライアは「もういいんだ…」と嘆き始め、さらには泣き出したのでうんざりする羽目になった。  紆余曲折、とまではいかないが、婚約者を励まそうと追いかけた筈なのに、結果的に私はザカライアに暴言を吐くことになる。 「ザカライア・ヴァンヘルシュタイン、このままでは貴方は、出来損ないのただの豚よ!」  と、言い放った私の大きな声は、家族たちの元にまで届いたという。  その日の晩餐から、ザカライアのメニューだけヘルシーメニューに変わったのは言うまでもない。
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