肆 婚約者のやる気スイッチ

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 途中、使用人と出会したザカライアは、慌てながら説明するが使用人は要領を得ず混乱するだけだったので、代わりに私が事情を説明した。使用人が医者を呼んできてくれるというので、私とザカライアは医務室へ向かった。  私は普通に歩けるというのに、ザカライアは当たり前のように私を横抱きしたまま歩みを進めるので、何も言うことはせずに大人しく運ばれてあげた。少しでも、この婚約者のプライドが回復すればいいなと思う。  腕の中でザカライアを見上げた。彼は私を落とさないよう、いつもよりキリリとした表情でしっかりと足を踏み締め歩みを進めている。  婚約者のマシュマロみたいに柔らかい腕のなかは、案外、居心地…というのか、抱かれ心地が良かった。  『僕の大切なレイラ』、か…。 「ザカライア、自分のためじゃなく私のために変わるのだと考えれば頑張れるのではなくて?」  私の問いかけにザカライアが私を見下ろす。 「…レイラは、僕に愛想尽かさない?」  不安そうに、もじもじしながら言うザカライアに、私は微笑んだ。そして柔らかなザカライアの腕に身を預けながら言った。 「当たり前よ。だって貴方は私の婚約者でしょう?」 「……っ、うん、僕…レイラのために、頑張って変わりたい」  やっと素直になった我が婚約者に、少しだけ意地悪を言ってやる。さっき、私を振ろうとした罰だ。 「まだ私がエイデンと婚約を結び直してもいいと思ってる?」 「絶対にいやだっ」 「だったら二度と、あんな事は言わないで」 「うん、ごめんなさい…」  私はしょんぼりと肩を落とすザカライアの頭を優しく撫でてやった。 「あなたに褒美をあげます。私のことを愛称で、それに親しみを込めて『レイちゃん』と呼ぶことを許します」 「褒美とは、結果を残した者だけが受け取れるものなんじゃなかったの?」 「…世の中には『前払い』という言葉もあるのよ」  ちょうどそこで、医務室に到着した。付いていたメイドが扉を開ける。 「……レイちゃん、僕のことも、そう呼んで」  『そう』とは…。 「ザック」 「親しみを込めて」 「…ザッくん」 「うん、レイちゃん」  なんだか胸の奥がむずむずして気恥ずかしくなる。扉を開けて待機しているメイドが、微笑ましそうに私たちを見守っているからだろうか?  それとも、ザカライアが嬉しそうに笑っているからだろうか。  後日、公爵家では今ではもうすっかり見慣れた光景として、公子たちのランニング姿を見られるようになった。 「……おい、レイはなんでザックに抱かれているんだ?」  ザカライアの隣を並走するエイデンが、訝しむ目を私に向けてくる。私はザカライアの腕の中、マシュマロボディに横抱きにされたまま、非常に居心地良く収まっていた。 「こうすればザッくんは、私を落とさないよう細心の注意を払って自分を追い込む事が出来るのよ」 「れっ…レイちゃんっ…ぼく、も…もう、これ以上はっ…!」 「私のために頑張ってザッくん、あと一周よ!」  息も絶え絶えなザカライアに私はガッツポーズを取ると、「が…がんばるよ…!」と、か細い声が返ってきた。私は改めてエイデンに顔を向ける。 「ね?」 「鬼かっ、お前はぁっ!」 「だから前に言ったでしょ、レイは『鬼嫁』だって…」  今日は珍しくリュカも一緒に走っていた。頑張る兄二人を見て、仲間はずれは嫌だと思ったのかもしれない。 「エディとルカはあと三周ね」  二人が青い顔で私を見る。  七歳、私には婚約者と二人の友人が出来た。
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