壱 前世

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壱 前世

 蝶ヶ崎 嶺羅は大財閥の一人娘、完全無欠のご令嬢であった。生まれながらにして、地位、権力、財産を持ち合わせ、成長してからは多方面に才能を開花させた。『完璧な令嬢』に尊敬と敬愛さゆえ大人も子供も嶺羅に頭を垂れた。  ペンを持てば学者顔負けの論文を書き上げ、大抵の運動も人並み以上にこなしてしまう、何かの大会に出場すれば必ず優勝トロフィーを手にした。けれど嶺羅は周りを見下す事なく、常に対等な目線で人々に接した。自分に厳しい分、他人にも厳しく求めるもののレベルは高かったが、だからといって無理難題を求めることはしなかった。  嶺羅の人生は全てが完璧で、常に正しく、必ず称賛が付き纏った。  教養も勉学も運動も芸術も、全てに期待を寄せられて完璧を求められながら育ってきた嶺羅だったが、特段、それを苦に思うこともなかった。  努力をすることは好きだし、自身の成長を実感出来ることが嬉しい。知らない知識を学ぶ楽しさも知っている。  嶺羅は自分の才能に驕ることなく、生まれた時に神に与えられたカードをより強く、強力な手札となるよう研鑽し続けた。だから皆、嶺羅を認めた。羨む者も、妬む者も、結局は嶺羅の努力する姿を認めて虜となった。  しかし嶺羅は、自分が努力することは当たり前だと考えていた。持つ者として、未来、母国を導いていく立場のひとりになる者として、国民に正しい道を示し続けるのは当たり前であり、自分の義務なのだから。  そんな人生に、特に不満はなかった。それでも、時々…。 「……つまらない…」  そんなことを、思ってしまう日もあった。 「レイちゃん。息抜きに、私たちと一緒にこのゲームしようよ!」  そんなある日、仲のいい友人に誘われた。嶺羅が独り言のように「楽しいこと、ないかな…」と呟いた後のお誘いだった。 「…レイちゃんはこんなゲームしないんじゃない?」 「子供っぽいと思うかな…無理に私たちに合わせなくていいからね!」 「まあまあ、合わなければいつでも辞めればいいんだし、一回やってみようよ!」  夕日の差し込む放課後の教室、仲の良い四人でスマートフォンのアプリゲームを一緒にインストールした。嶺羅にとって、この日以上にワクワク感が止まらなかった日はないだろう。インストールが完了して、四人でアプリゲームの全く同じスタート画面を見せ合って笑った。  『育成乙女ゲーム:私だけの王子様』。まずスタート画面で表示される四名の王子様のうちの一人を選び、育成対象を選択する。主人公であるヒロイン令嬢、キャロラインは育成対象の好感度を上げながら、理想の王子様を作るべく導き手助けしていくのだ。  育て方によって、同じ育成対象でも違うキャラ属性が付く。例えば、メインキャラである王子を育てた嶺羅の友人たちは『クール×ツンデレ王子』、『ヘタレ×不良王子』、『天然×お兄ちゃん王子』である。ちなみに嶺羅は『下僕×ワンコ王子』になった。  舞台は中世ヨーロッパを彷彿とさせる世界観の貴族の子女たちが通う学園内であり、育成対象に何の教科を、どの運動を勉強させるかで付与されるポイントの種類が変わる。剣の練習をさせれば剣ポイントが、魔法の勉強をさせると魔法ポイントが貰える。そういった多種に渡る勉学ポイントを貯め、キャラ属性の解放に必要な勉学ポイントを消費し、自分だけの理想の王子様をつくるのだ。  肝なのはキャラ属性プレートの取得方法だ。これは育成対象の好感度ポイントによってプレートを獲得できる。プレートを獲得しておかないと、いくら勉学ポイントを貯めても解放出来ない仕様だ。プレートの獲得は二周目三周目と引き継がれるので、より多くのプレートを獲得するには何度もゲームをクリアしなければならない。世の乙女のコレクター心をくすぐる仕組みだ。  キャラ属性が変わると、セリフのテイストも変化していく。はじめに好みなビジュアルの育成対象を選んでおけば、目的のキャラ属性を得るために必要な勉学ポイントを貯めていけば理想の王子に出会えるのだ。  もちろん、乙女ゲームなので研鑽ばかりでデートもせずに好感度が足りなければバッドエンドとなる。中々に上級者向けのゲームだとゲーム初心者の嶺羅は苦労していた。研鑽ばかりに走ってしまう嶺羅は、よく好感度が足りずにバッドエンドを迎えることが多かったからだ。自分の理想の王子様を育成することを目的とした乙女ゲームに四人でハマり、お互いに出来上がった『私だけの王子様』を見せ合って楽しんだ。
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