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伍 三兄弟と森の中
「お父様、私、ザッくんと駆け落ちすることになりそうです」
「ん? …どういう、ことかな?」
シュテルンベルク領の夏は涼しく過ごしやすい。私はザカライアの、王都の夏は暑くて溶けそうだと書いてある手紙に目を通しながら、お父様に言った。
「ザカライアくんからのお手紙に、何が書いてあったのかな?」
母と父に誘われたティータイムの席でザカライアからの手紙が届き受け取ったので、目を通してみたのだが…父の、手紙を凝視する目が血走っていて怖い。
「ザッくんの、」
「ザッくんの!?」
「…少し離れてください」
身を乗りだして私に顔を近付けてくる父の顔を、グイッと押し返す。
「——手紙に、書いてあったのですが、どうやら夏の間だけの王子の遊学先に随行して欲しいと王家から公爵家へ打診があったらしいのです。それを嫌がったザッくん…をはじめとするエディとルカの三人から、親を巻き込む事なく断らざるを得ない理由を作るために駆け落ちしてくれと嘆願されました」
「…まさかの、ザカライアくんだけじゃなく、三兄弟からだったとは…うちの娘、やはり控えめに言って世界一の可愛さだものな…」
「そうね、あなた」
父と母が頷きながら何やら納得している様子。
「しかし彼らもまだまだ子供だね。駆け落ちしても、子供の責任は親へ行くと言うのに…」
父はやれやれ、といった様子で笑った。
「駆け落ちなんかしなくても、療養を名目に三人ともうちに来ればいいじゃない」
母はふふっと楽しそうに笑って提案した。
「そんなご令嬢のお断り常套句である『療養中』が、彼らにも適用されますでしょうか?」
私が問うと、母は可愛らしくパチンとウインクしてみせる。
「ヴァンヘルシュタイン公爵家とシュテルンベルク侯爵家がそう言っているのに、誰が文句を言えると思う?」
確かに、そりゃそうだ。
✳︎
私がザカライアへ返信して一週間も経たない間に、ヴァンヘルシュタイン三兄弟が我が領へ療養にやってきた。最速だ。馬車だけではいくらなんでも、こんなに早くやって来れないので、おそらく転移ポータルを使ったのだろう。国内に点在する転移ポータルの使用料は高額だというのに…どれだけ王子を避けたかったのか、公爵家の本気が垣間見えた。
ザカライアたちとはそれぞれ文通をしているが、会うのは久しぶりなので少し楽しみだ。前に会ったのは、顔合わせの時の春頃だったから、大体四ヶ月ぶりである。
「わ、本当にレイがいる!」
ヴァンヘルシュタイン公爵家の馬車が屋敷前に停止したので、家族と並んで待っていると、いの一番に馬車から飛び出してきたリュカが言った。
「当たり前でしょう。ここは私の家なのよ」
「あはは。この返答、レイなんだって実感する」
続いてエイデンが降りてくるなり、皮肉を言ってきた。
「久しぶりだな、レイ。…背が縮んだか?」
「…七歳で背は縮まないわ」
私が淡々と答えると、エイデンは「相変わらずだな」と言って笑った。
私の背は縮んでいないのだけれど、確かにエイデンはたった四ヶ月で背が高くなっていて、私との身長差が更に開いていた。十歳の成長盛りの少年からすればされど四か月、ということだろうか。まだ六歳のリュカはあまり変わっておらず安心した。
「…ザッくんは?」
ザカライアの姿が見当たらないので尋ねた。
「おい、ザック。いい加減降りろよ」
するとエイデンが振り返り馬車の中へと声をかける。
「出る、出るからっ…ちょっと緊張しちゃって…」
と、久しく聞いた気の弱そうな声が聞こえてきた。
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