311人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
「…レイちゃん、久しぶり」
そっと馬車から姿を現したザカライアを見て私は驚く。私の後ろでは父と母が「なんと!」「まぁ!」と感嘆の声をあげていた。
ザカライアは痩せていた。前の巨体に比べると、小太りほどになっていたのだ。
「ザッくん! ダイエットを頑張っているのね、偉いわ!」
私が近付くと、ザカライアは真っ赤な顔で「本物のレイちゃんだぁ…!」と目を輝かせながらもじもじしていた。
ところで…私はあることに気付く。
「ザッくん、貴方…猫背だったのね?」
前は肉付きのよさから気付かなかったが、こうして肉が落ちるとよく分かる。「こう、胸を張って、そうしっかりと」と、ザカライアの体に触れて姿勢を正させると、ザカライアはドギマギした様子で固まりながらも背筋を伸ばした。
すると驚くことにザカライアとエイデンはほぼ同じ身長だったのだ。エイデンは同年代の中でも背が高い方なのに、一つ下のザカライアが同じ身長だなんて…子供時代の一歳差は結構な差が出るものだ。ザカライアは将来、かなり背が伸びるだろう。
「ザックは俺たち兄弟の中でも一番体格が良いからな。運動が苦手なだけで、実際俺よりも力が強いし」
「そうなの?」
驚く私の肩にピョンと捕まりながらリュカが捕捉する。
「分厚いお肉を支えるために、実は筋肉は鍛えられていたんだよ」
「なるほど。ザックは長年、自分の脂肪で日常的にウエイトトレーニングをしていたのか…」
「もう! ルカもエディ兄さんもひどいよぅ!」
笑うエイデンとリュカにいじられるザカライアを見て、私は、おや? と思った。何だか…春よりも仲良くなっている?
『ワタプリ』の三兄弟は仲が良さそうには見えなかった。ストーリーにはザカライアしか関わってこなかったから、本当のところは分からないが…同じ在学生なのに三人はいつも別々に行動していて、兄弟の誰かと一緒にいるところなんて見たことなかった。
だから、今こうして私の目の前で楽しげに笑い合っている彼らを見ていると、不思議な気持ちになる。この光景がいつまでも続けばいいなと思った。
三兄弟が父と母に挨拶とお礼を述べた後、子供組みの私たちは場所を移し、三兄弟に割り当てられた部屋へと案内した。
「ここが貴方たちの部屋よ」
「レイの部屋はどこ?」
「私の部屋は階が違うわ」
リュカの質問に答えていると、窓に目をやったエイデンが身を乗りだして外を見た。
「庭園か…素晴らしいな」
「そうでしょう。我が家の庭師たちは凄いの」
私もエイデンの隣に立って、下に広がる庭園に目を向けると、そこで二人の少年少女がこちらに向かって手を振っていた。
「あれは誰なの?」
「マシューとゲイルよ、庭師筆頭の子供で、私の友人なの」
手を振り返していると、続いてやって来たリュカがふぅん、と相槌を打ちながら二人を見下ろしていた。私が彼らを『友人』と呼ぶので意外そうな表情だ。
「この屋敷にいる間、もし私がいない時は二人に勉強を習うといいわ。彼らも学校で学問を修めているから」
「平民のくせに?」
リュカの驚いた声色に、私はマシューたちからリュカへと目を向ける。リュカの赤紫色の瞳とすぐに目が合った。
「安心して。私が彼らの勉強を見てきたの、だから、そこいらの子息令嬢たちよりは学びが深いと思う」
「あー、レイが専属の家庭教師か…あいつらが羨ましいな」
エイデンが心底思った様子で言った。
「それと、ルカ。私は努力やチャンスは皆等しく与えられるものだと思う。『平民のくせに』と自身の視野を狭めるのは愚かな考えだわ」
私がジッとリュカを見つめて言うと、リュカは一瞬反発心を見せたが、すぐにシュンと落ち込む表情を浮かべて肩を落とした。
「……うん、わかった…」
私はリュカを慰めるように微笑んでみせた。
「それに、ね…二人とは仲良くしておいた方がいいわよ。彼らの『キャンプ』の知識は半端じゃないの、この私ですら知らないことばかりで教えて貰っているのよ」
前世でも殆ど…というより一度も経験が無かったキャンプを、私は今世で楽しむ気でいる。シュテルンベルク邸の敷地内の端には小さな森がある。私は早々にそこへ目を付けて、いつかマシューたちとキャンプするために、テントの組み立てを練習している最中なのだ。
「『キャンプ』?」
三兄弟は初めて耳にした単語に目を丸くしていた。
「そうね、三人もいることだし、明日さっそく経験してみましょう」
私はウインクして明るく言った。母のウインク癖がどうやら移ったみたい…。
最初のコメントを投稿しよう!