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晩餐は、皆で食卓を囲んだ。父と母はいつもより楽しそうで、機嫌が良い。
「お父様、明日キャンプがしたいのですが…」
「ん? レイが御執心のテント張りのことだね? いいよ、明日、従僕に命じて騎士団の訓練所の横の広場を片付けさせておこう」
「テント張りのことだけがキャンプの全てではありません。それと…明日は、裏の森でキャンプをしたいのです」
ワイン片手に朗らかに笑っていた父の表情が固まった。
「……森?」
「ええ、キャンプの醍醐味は自然に触れ合うことです。目と鼻の先に自宅がある場所では、キャンプを楽しむことなど出来ないのです!」
私は力説する。テーブルマナーが損なわない程度に。
「いやいや、いや! ダメだよ、そんな危ないこと! 屋敷の敷地内といっても、あの森には野生動物もいるんだよ、ねぇ、ヴェルジュ!?」
慌てた様子の父は、後ろに控えていた執事長に話を振った。
「はい、左様でございます。ウサギやリスなどが生息しております」
と恭しく頭を下げながら言うヴェルジュの返答を聞き、父は「ほら!」と私を見遣った。
「…草食動物ではないですか」
私はウンザリしながら言う。三兄弟も、父の過保護っぷりには若干引いている様子だった。
「まあまあ、あなた。私たち、レイちゃんには好きなことを好きなだけさせてあげようって話していたではありませんか」
そこに、にっこり微笑んだ母からの援護射撃が撃ち込まれた。
「そ、そうだけれど…まだ小さなレイに森だなんて…」
「騎士数名を同伴する、夕刻までの間、外泊は許しません。レイちゃん、守れる?」
母が女神に見えた。ぱぁっと明るい表情で私は頷く。
「ん…まあ…それなら…レイ、くれぐれも、危ないことはしないでね?」
「はい! お父様もお母様も大好きです!」
「ああ〜、レイからの大好きで胸がいっぱいだ〜! 絶対にお嫁にはやらない!」
父の言葉に青褪めたザカライアが「えっ」と声を漏らしていた。
✳︎
「はじめまして、ヴァンヘルシュタイン公爵家の公子様がた。僕の名前はゲイルと申します。こっちは妹のマシューです」
そう丁寧にお辞儀するゲイルに、三兄弟は感心した様子を見せた。
「庭師の息子には見えないな」
「レイちゃんの友人は、平民でも上品だね」
私はふふっと笑った。友人が褒められるのは嬉しい。
次の日の朝から私たちは活動していた。キャンプをより長く楽しむためにだ。
普段はドレス姿の私だが、今日はラフなワンピース姿である。パンツスタイルは母から猛烈に反対された為、少しでも動きやすい質素なワンピースを着用した。
「では、私はもう会社に行くけれど…レイ、何度も言うが危ないことはしないこと。アッシュ、レイや公子達をよろしく頼むね」
「はい、ご主人様。お任せください」
シュテルンベルク騎士団副団長のアッシュがピシッと背筋を伸ばして、騎士らしくハキハキと答えた。馬車に乗る間際まで心配する父の小言を受けながら、私たちは父の出勤を見送った。
父は私たちに副団長と数名の騎士を付けた。アッシュは金髪碧眼の、まだ二十六歳の若い騎士だ。中々の男前で腕も立つことから、王宮騎士団に所属していた頃は、平民出身にも関わらず下級ではあるが貴族のご令嬢から恋文を受け取ることもあったのだとか…。
補足ではあるが、アッシュは既婚者である。幼馴染との結婚を機に王宮騎士団を辞め、出身地であるシュテルンベルク領地に戻ってきたのだ。今年の冬に第一子が産まれるらしい。幸せ真っ只中のリア充である。
「あれ…? あの騎士は…」
エイデンが何やら思い出したかのようにハッとした表情でアッシュを見た。
「まさか、あの『狂剣の金獅子』…!?」
私はそっとアッシュに目を向けると、アッシュは真っ赤な顔を隠したいのか、握り拳を口の前に当ててわざとらしく咳払いをしていた。強い騎士の運命なのか、恥ずかしいあだ名を付けられて可哀想だなと思った。
「王宮騎士団に入団した初日に、騎士団長に楯突いたという、あの…!?」
「自分の実力を見せつけるため、模擬試合で騎士百人斬りを行ったという、あの…!?」
いつの間にか、ザカライアも参戦しエイデンと二人で興奮していた。
「アッシュって、その………凄かったのね」
「レイラお嬢様、無理してお言葉をかけて頂かなくても結構です…」
オブラートに包んだつもりだったが、何かを感じ取ったアッシュの心は泣いているようだった。
「十代の頃は身の程知らずにも粋がっておりましたが…今は一人の父親になる身として心を入れ替えてお仕えしております!」
と、アッシュが言い訳がましく続けてきた。さしずめ、前世でいう『元ヤンの黒歴史』というやつなのだろう。
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