伍 三兄弟と森の中

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 アッシュが自身の黒歴史に蓋をするため話を纏めようとしたが、しかし、エイデンとザカライアのターンはまだ終わっていなかった。 「自分の軍馬の鎧を、全て金に染めて出陣したという、あの…!?」 「一部の騎士たちに『総長』と慕われ、まとめ上げていたという、あの…!?」 「ゲッフン! ゴフン!」  アッシュの咳払いが大きくなる。 「もうこれ以上、彼の黒歴史を晒すのは辞めてあげて」  よく見て二人とも、うちの副団長が涙目なのよ。  私は、大分やらかしてきてるな…と思ったが、我が家の副団長が今日、羞恥心から使いものにならなくなる前に二人を止めた。  何かに憧れる素直な少年は、時に人の心の柔らかい部分を鋭く抉る。それよりも…『結婚を機に』と聞いていたが、本当は王宮に居づらくなっただけなんじゃ…?  私は疑いの目をアッシュに向けた。   ✳︎  森の入り口に到着すると、そこには騎士団の野営テントが幾つか張られていた。中でも一際大きなテントがあり、何人もの騎士が出入りするので、私が中で何をしているのかアッシュに尋ねると「レイラお嬢様や大切なお客様方をお守りする為に、森の詳細地図を広げて巡回ルートの精査を行っております」と返答が来た。  作業に追われて駆け回る騎士の数から、騎士団の大半がこちらに回されていることが伺い知れる。ちょっとキャンプを楽しみたかっただけなのだが……本日はとことん楽しもうと誓った。動いてくれている騎士団のためにも。  森に入るとすぐに、少し開けた場所があったのでそこにテントを張ることにした。骨組みとなる金属を組み合わせて、その上に布を被せるのだ。  手慣れたゲイルとマシューの指示に素直に従い、私たちはなんとかテントを張り終えた。少し歪な形ではあったが、そんなところも愛着が湧く。 「なんかワクワクするな」 「僕たちだけの秘密基地みたい」 「今日はダメだけど、いつか夜までここで遊びたいね」  出来上がったテントの中で寝転ぶ三兄弟が口々に言う。分かるわ、テントの中って心躍るわよね。  気付くと、時刻はもう昼前だった。私は両手を腰に当て仁王立ちすると、満足そうに転がる三兄弟に言った。 「貴方たち、それで満足しているの? キャンプの醍醐味は食事よ! 覚悟はよくて!?」  するとムクリと起き上がった三兄弟が、テントの中から顔を出す。 「…レイ、なんかいつもとキャラが違わないか?」 「レイちゃんが張り切ってる…かわいい…」 「キャンプに対して並々ならぬ情熱を感じるよ…」  食事作りのために、かまどを作る必要がある。私たちは手分けして石を集めることとなったのだが…。 「レイラお嬢様はここでお待ち頂き、集めた石を積み上げて下さい。マシューも残ってて」  と、ゲイルに言われてしまった。力仕事は男の仕事だと言い張るのだ。私も一緒に石を探しに行きたい…が、キャンプの先生であるゲイルとマシューの言いつけは守らねばならないのだ。 「えー、僕もレイたちとここで待ってる」 「ルカ、お前は俺たちと一緒に来るんだよ」  ごねるリュカの首根っこをエイデンが掴んで、無理矢理森の奥へと歩かせている後ろ姿を笑って見つめていると、マシューが話しかけてきた。 「レイラお嬢様、楽しいですか?」  私はマシューを見た。 「えぇ、とっても!」  そう言って心からの笑顔を向ける。ゲイルと同じ、赤毛に青い瞳の少女も同じように笑い返してくれた。  少年組が何度か繰り返し石を集めてくれる中、私はマシューと共により形の良いかまどを作るために、集まった石を厳しい目で吟味し選び抜いたものを積み上げていった。 「やはり…ゲイルが集める石は、大きさといい形といい素晴らしいわね…!」  私が尊敬の気持ちでそう言うと、ゲイルは得意げな顔で笑っていた。 「…くっそー、僕だって次こそは!」  初めこそ石集めを嫌がっていたリュカは、いつの間にか闘志を燃やしゲイルをライバル視していた。うん、いい傾向である。  いいペースでかまどは出来上がった。次に薪にする小枝を拾いに行こうと話していると、ゲイルが少し離れた脇に集められていた枝の山を指差した。 「石を探しながら、いい感じの枝を見つけたので集めておきました。騎士団の兄ちゃん達も手伝ってくれたので、枝集めはしなくて大丈夫です」 「さすがだわゲイル!」  私は感動した。三兄弟もゲイルの有能さに驚いたようで、ゲイルへ向ける目が変わった気がする。  火付けはさすがに危ないということで、ゲイルとマシューが受け持ってくれた。私たちよりも年上のお兄さんとお姉さんなのだ、とても頼りになる。けれど、数日前に雨が降ったからか、枝が湿気っていて中々着火しなかった。 「俺で良ければ火を付けましょうか?」  見かねたアッシュが申し出てくれた。アッシュは剣の腕も立つが、簡単な魔法も使えるらしい。平民でありながら貴族たちが大部分な割合を占める王宮騎士団に所属出来たのは、平民には珍しい魔法剣士だからだったのかもしれない。  アッシュの魔法でかまどに火が灯る。アッシュに例え、どんなに痛い過去があったとしても、彼は我がシュテルンベルク騎士団の誇るべき副団長なのだと考えを改めた。私の中でアッシュの下降気味だった株価は上がり、本人の知らないところで、彼の騎士としての尊厳は守られた。
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