伍 三兄弟と森の中

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 持参したフライパンを熱すると、マシューは屋敷を出る前にメイドに渡されていたウィッカーバスケットから、ベーコンを取り出して焼き始めた。脂の焼けるいい匂いが立ち込める。  ザカライアのお腹からくぅ、と腹が鳴く音がした。ザカライアは顔を赤らめて前屈みになりながらお腹を抑える。 「朝からたくさん動いたものね、私もとてもお腹がすいたわ」  私がザカライアに笑いかけている間に、マシューは次に生卵を取り出し目玉焼きをいくつも焼いていく。その横では簡易作業台に手際よく食パンを六枚並べていくゲイルがいたので、一枚多く並べて欲しいと頼んだ。  マシューが焼いたベーコンと目玉焼きが食パンの上に鎮座する。その上に、片手では持てないほど大きなチーズの塊の側面を火で熱して、溶かしたチーズをかけていった。とても美味しそうである。 「…これが、キャンプ飯…!」  私は思わずゴクリと喉を鳴らして、煌びやかに輝くチーズがかかったパンを見つめた。  一人ひとりにパンの乗った皿を行き渡らせた。アッシュの目の前にも差し出すと、アッシュは驚いた顔をして首を横に振る。 「俺に気遣う必要はございません」 「他の騎士は交代で食事が取れるけど、俺たちに付き添うアッシュはそうもいかないだろ?」  エイデンが代表して言った。 「いざという時に、アッシュの空腹が原因で全力を出せないと私たちの身の危険よ」  私の念押しにアッシュはふふっ、と笑い「畏まりました。有難く頂戴いたします」と言った。  バスケットから冷却魔法のかかった水筒を取り出したマシューが、中身の柑橘系フルーツジュースを注いでくれた。私たちはそれを一気に飲み干した。涼しいといっても夏の季節なのだ。特に動いた後とあって、自分でも気付かないうちに体は水分を欲していたらしい。これは…脱水症状などを引き起こしかねない危険なことだ。次回からは、しっかりとこまめに水分補給をするよう注意喚起をしていかなくては、と心に刻んだ。  食事は最高だった。自然の中に身を投じ、皆で準備し作った食事は、格別な味がした。三兄弟もぺろりと平らげてしまい、それでもまだ何かを欲した表情を浮かべながら空の皿を見下ろしている。  マシューがまたもやバスケットから何かを取り出す素振りを見せた。私と三兄弟は素早く首を動かして、マシューの動きに釘付けとなる。もう、あのウィッカーバスケットが宝箱にしか見えなかった。マシューが取り出したのは、袋詰めにされたパンの耳や切れ端だった。 「自宅から持ってきたんです」 「おい、マシュー。高貴なレイラお嬢様たちにそんな平民が食べるものをお渡し出来る筈ないだろ」  マシューの行動を咎めるゲイルを押し退けるように、私は身を乗り出して言った。 「いいの! それで、その切れ端から何が出来るの?」 「これも領民たちの生活を知る、ひとつの勉強だと思う!」  私やエイデンに続き、ザカライアとリュカも何やらそれっぽい理由を付けてマシューに行動の先を促していた。  マシューは綺麗に拭きあげたフライパンを再度取り出して、アッシュに着火をお願いすると、フライパンにバターナイフで取り分けたバターをぽとりと落とした。バターが溶けていく中、またもやバスケットから砂糖を取り出しては溶けたバターの中に振り落としていく。そこに例のパンの切れ端たちを投入した。マシューがヘラを使って手慣れたように砂糖入りのバターを絡めていく。 「出来ました。平民のおやつ、切れ端ラスクです!」  なんと、マシューは甘味まで作ってしまった。ゲイルといいマシューといい、私は良い先生に恵まれたことを神に感謝した。  粗熱が取れてから食べて下さいね、というマシューの言い付けを守り少し冷ましてから皆で切れ端ラスクを食べた。とても美味しかった。サクサクの食感に、甘い味わい。 「普段は捨てそうな部分も、平民はこうやって有効活用してこんなに美味しいものを作るんだ…。エディ兄さん、ザック兄さん、みんな凄いね」  きっと平民に対して一番の偏見を持っていて、それが大きく覆されたのはリュカなのだろう。エイデンとザカライアは弟の変化を温かな目で見守っていた。  その後は片付けをしたり、少しテントの中で昼寝をしたり、散策をしたりして目一杯に楽しんだ。母の言い付け通り、夕方前にはテントも崩して撤退の準備をする。  楽しい時間はあっという間だ。骨組みだけになったテント、すっかり冷めた手作りかまど…少し寂しさを感じてしまう。 「また来ましょう、レイラお嬢様!」 「そうですよ、そして次はもっと楽しいことをしましょう!」  マシューとゲイルが元気付けるように声を掛けてくれた。 「僕もまたしたい。…それにこのまま負けてられないしね!」  リュカがゲイルに挑戦的な目を向けて言う。石集めのことを言っているのだろうか。 「次は俺も、予備知識を頭に入れた上で楽しみたいな」  エイデンも満足そうに笑っている。 「僕たちはレイちゃんがしたいことなら、何でも一緒に楽しみたいよ」  最後にみんなの意見をまとめるようにザカライアが朗らかに笑って言った。 「みんな、ありがとう」  今までの夏で、一番嬉しい夏となった。
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