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陸 駆け落ちする?
気付けば三兄弟がシュテルンベルク領地にやって来て一ヶ月半の月日が経っていた。ほとんどを屋敷内で過ごしたが、騎士に憧れるエイデンの強い希望で騎士団の中を見学したり、本が好きなリュカのため父の書斎室に忍び込んでみたりした。
父に時間がある時は、視察を名目に近くの街へ一緒に連れて行って貰った。普段見かけない三兄弟を領民たちは珍しそうに眺めており、年の頃が同じほどの少女たちが顔を赤らめている姿もよく目にした。
母の提案で、移動劇団によるオペラとバレエの公演を鑑賞しにも行った。エイデンが居眠りし、私とリュカから不興を買ったが、帰り道にあった水上ボートで頑張って漕いでくれたので許してあげた。
もちろん勉強もたくさん見てあげた。時にはゲイルとマシューに手伝って貰い、キャンプの日から何故かゲイルをライバル視しているリュカはとても悔しそうに、算術の勉強に打ち込んでいた。
運動だって忘れていない。シュテルンベルク領へやって来てからも、更にダイエットに成功し、ザカライアはもう少し細くなった。少し肉付きの良い、程度となった。功を成した私とザカライアだけの運動方法——私を横抱きにしてランニングする、ザカライアに効果的面のあの方法だ——を目の当たりにした我が家の騎士たちは微笑ましい笑顔でこちらを見守っていた。
これは効率よくザカライアを痩せさせるためであって、断じて騎士たちに微笑ましい視線を向けられるような意味などない。
「レイラお嬢様も、婚約者様には熱烈なアプローチをかけるのですね」
と、優しい笑顔でいうアッシュから顔を逸らして、私は開き直ったように堂々とザカライアに抱かれる姿勢を見せた。これは婚約者育成の一環であり、しっかりと結果を伴った効果的な運動方法なのだから、照れる必要はない、と、心の安寧を図った。
「レイちゃん顔が赤いよ…風邪引いた?」
「いいえ、気のせいです」
✳︎
エイデンが騎士団の詰所に頻繁に通うようになってから、私の知らない間に、三兄弟はアッシュや数人の騎士たちに朝稽古をつけて貰っていることを知った。
先日、父にそのような話を聞いたので、いつもより早起きして騎士団の訓練所を覗くと、確かに模擬剣を振るう三人の姿を見つけた。
「レイラお嬢様、いかがなさいましたか? お入りになられては?」
隠れるように覗いていたら、後ろから声を掛けられたので振り返ると、シュテルンベルク騎士団の団長ハリーが立っていた。
私の覗く先の光景に気付いたハリーは、少し中年の皺が刻まれた目を眩しそうに細めて微笑むと、「最近は、私たち騎士団も公子様方の成長を身守らせて頂いているのですよ」と言った。
「…騎士たちの手を煩わせて、迷惑ではない?」
一番気になっていたことを尋ねた。
「まさか!」
するとハリーは一瞬目を丸くしたあと、すぐに明るく笑う。
「部下たちも楽しんで指南させて頂いている様子ですよ。公子様方も、騎士団の迷惑にならないよう配慮して下さっているのか、勤務開始時間前に自主練する騎士たちに混ざる形で稽古されています」
ハリーの言葉を聞いて安心した。けれど私の懸念点はもう一つある。朝稽古に必ずアッシュが付き添ってくれているらしいのだ。
「アッシュの事は気にされなくて大丈夫ですよ。あいつは公子様方と触れ合いながら、未来に生まれる自分の息子へ思いを馳せて、あの時間を楽しんでおりますから」
私は今度こそ心の底から安心した笑みを浮かべた。
ハリーに促されて私も訓練所へと足を踏み入れた。私の存在に気付いたアッシュが、三兄弟へ休憩の声を掛ける。
「アッシュ、いつも有難う」
「俺も好きでやらせて頂いております」
皆に近付いて、三人の姿を見つめた。いくら前世の知識のある私でも、剣術を教えてあげられることは出来なかった。精々、剣道の型を教えてやれる程度である。だから、正直、プロフェッショナルである現役騎士の率直な見解を聞いてみたい。
「…アッシュ、三人に剣術の適性はある?」
どう切り出そうか悩んだが、素直に尋ねることにした。
「適性…ですか…。俺は正直なことしか申し上げられませんが、それでもよろしいですか?」
私だけでなく、三兄弟も気になっていたようで、肯定するようにコクコクと勢いよく頷いた。それを認めて、アッシュが「では…」と、まずはエイデンに目を向けた。
「エイデン様は剣の適性がおありだと感じました。適応能力も高く剣筋もいい。これからの伸びしろを考えると、とても頼もしい逸材となるでしょう」
アッシュの言葉を聞き、エイデンが嬉しそうに拳を握った。その横でリュカが「ねぇ、僕は?」とアッシュに次を急かす。
「リュカ様も人並み以上の才能をお持ちです。お兄様と比べて、相手の動きをよく観察して剣を振るうので、思考型と言えるでしょう。しかし、思考に囚われやすい傾向があるので、悪いことではないのですが、剣術の一点に置いて意見を述べると、不向きなのかもしれません」
リュカは眉を顰めながら「確かに、考えすぎて体が動かない時が多いかも…」と、自身を振り返っていた。
アッシュは最後にザカライアへと目を向ける。ザカライアは緊張した面持ちで、ピシリと背筋を伸ばして言葉を待った。
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