陸 駆け落ちする?

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「ザカライア様の剣術の才能は人並み、といったところですね」  アッシュのはっきりと断言する言葉に、ザカライアはショックを隠せず狼狽えていた。 「決して、才能がない訳ではありませんが、特出するものではないように思います」  あぁ…ザカライアが今にも泣き出しそうだ。これは慰めてあげるべきなのだろうか? エイデンもリュカも何と声をかけてあげるべきか、必死に考えているようだ。 「ですが…」  アッシュの終わったと思われた言葉の続きがあることに、私たちは顔を上げた。 「ザカライア様の、マナの動きが……俺には魔術師ほどの魔術の才があるわけではありませんので、はっきりとは申し上げにくいのですが、ご兄弟に比べてザカライア様のマナの量が多いように感じます」  私たちは一斉にザカライアへと目を向けた。本人は潤んだ紫の瞳を大きく開いて固まっている。 「ザック! 王都へ帰ったら父上に言って、魔術師の家庭教師を付けてもらおう!」  エイデンが嬉しそうに固まるザカライアの肩を揺らしながら言った。魔法発動に不可欠なマナの量が多いという事、それは魔術師への道に絶対必須な条件のひとつであるのだ。  ヴァンヘルシュタイン公爵家はどちらかと言うと魔術よりも剣術に明るい家柄だ。そもそも、魔術師自体がそこまで多くの人が職として選べるものではない。今まで皆で見逃してきたかもしれないザカライアの光るものに、少しだけ手を触れることが出来た思いだった。  アッシュは眩しそうに目を細めながら笑うと、スッと厳しい表情へと切り替えて、最後に三人へいい含めるように言った。 「才能があっても、なくても、努力を辞めた時に人は輝きを失います。だが諦めなければ、きっと公子様方の大切な人を守るための力となってくれるでしょう」  結局は精神論を語って申し訳ないですが、とアッシュは言葉を締め括る。照れたように笑うアッシュだったが、三兄弟はしっかりと今の言葉を胸に刻んだようで、真剣な眼差しで前を向いていた。何だか三兄弟が頼もしく感じて嬉しい反面、置いていかれたような気分に少し寂しくなった。  その後は屋敷に戻ると、汗を流しにいった三人を待って一緒に朝食を食べに食堂へ向かった。食堂にはすでに父と母がいて、互いに朝の挨拶を交わす。  今日は父の仕事関係の集まりがあるらしく、母もその会に参加しなくてはいけないらしい。「帰りは少し遅くなるが、夕食には間に合うから一緒に食べよう」と父は言葉を残して、母とともに食堂を後にした。 「じゃあ、今日は、侯爵夫人とのティータイムもなしかぁ」 「僕、今日のケーキを結構楽しみにしてたから残念…」  お喋りが好きな母に誘われて、よくティータイムを一緒に過ごしていた。最近では、日課のようになっていたので、エイデンとリュカが気を落としたように言った。 「今日何する? 僕は本が読みたいなぁ」 「まずは勉強。飯食ったなら、部屋に行ってさっさと終わらせようぜ」 「はぁい」  朝食を済ませたエイデンが席を立つと、追いかけるようにリュカもぴょんと席を立った。私もちょうど食べ終わったので、口を拭いながらチラリとザカライアの様子を伺う。彼も席を立とうとしているところだった。 「ザック兄さん、レイ、早く行こう!」  食堂の出入口に目を向けると、ちょうど扉を開いて出て行こうとしていたリュカが手を振りそのまま行ってしまった。私が後に続こうと扉に向かっていると、後ろから服を遠慮がちに摘まれる。  振り返ると、分かっていたがやはりザカライアだった。 「どうしたの?」 「レイちゃん、あのね…」  ほんのりと頬を染めて、下を俯きながら私の服の裾を摘むザカライアを見た。 「僕、今日は、レイちゃんと一緒にいたい…」  ずっと一緒に過ごしてきたではないか、とは言わなかった。ザカライアが言いたいことは、そういうことではないのだろうから。 「ザッくん…」  恥ずかしそうに俯くこの少年に、何故だか胸の奥をくすぐられる。  エイデンやリュカと違い、普段あまり自己主張しないザカライアの、初めての我儘だからか。一ヵ月半もかけて、やっと言えた我儘だからなのかな——。  『レイちゃんを、独り占めしたい』。 「——今から、私と駆け落ちする?」  私がそう言ってザカライアの手を取ると、彼は驚いた表情を浮かべながらも、しっかりと私の手を握り返した。
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