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駆け落ちと言っても、屋敷の外へ出るのは両親や使用人たちに心配や迷惑をかけるので、屋敷内で二人になれる場所へ行こうと思う。
ザカライアの手を引いて食堂を後にしようとすると、リュカの私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。私は慌ててダイニングテーブルの下へとザカライアを連れて隠れた。テーブルクロスのおかげである程度は隠れ家になるが心許ない…。
「あ、ヴェルジュ。レイとザック兄さん知らない?」
扉の向こうで鉢合わせたらしいリュカとヴェルジュの会話が聞こえてくる。いつまでもやって来ない私たちを、リュカが探しに来たのだろう。
「いえ…お見かけしておりませんが、庭園の方へ向かわれたのかもしれませんね」
「庭園か…分かった、行ってみる。ありがとう」
「お気を付けて」
そんな会話が聞こえて、二人の足音が離れていった。
「…見つからなくて良かったね」
「自分の家なのに、見つからないように隠れるなんてドキドキする」
私たちは互いにクスクスと笑い合うと、今度こそ食堂から抜け出した。
「レイちゃん、どこへ行くの?」
「駆け落ちするのだから、誰にも見つからないところへ行くのよ」
ザカライアはポッと顔を染めると、手を引かれていた位置から小走りに私の隣へと並ぶ。私は痩せて少し逞しくなったザカライアを見上げて笑った。
「でも、まずはお昼ご飯の確保にキッチンへ向かいましょう! お腹が空いたら悲しいもの」
「うん、そうだね」
キッチンへ到着すると、不思議なことに誰も居なかった。いつもは料理人や、メイドたちが活気溢れる雰囲気でバタバタと騒がしい場所であるのに。
何故だろうかと首を傾げていると、キッチンの奥の方から愉しげな笑い声が聞こえてきた。ザカライアと共にそっと近付いて、声の聞こえる扉の先をこっそり覗き込む。
すると、休憩中なのか料理人にメイドたちが一同に食事を取りながら談笑していた。その光景を見て、私は納得した。
キッチンに目を向けると、ウィッカーバスケットがポツンと作業台に置かれてあるのを発見した。私とザカライアがバスケットの中身を確認すると、なんと美味しそうなサンドウィッチと冷えたミルクが入っていた。
「レイちゃん、ちょうど二人分あるよ!」
「誰のものかは分からないけれど、頂きましょう!」
私たちは無事に食糧をゲットして、キッチンを出ようとしたところ、今度はまさかのエイデンの声が廊下の方から聞こえてきた。
私とザカライアは顔を見合わせて動きを止める。
「エイデン様、こんなところで会うとは珍しいですね」
その場で息を殺し身を潜めていると、今度は扉の向こうでエイデンとアッシュが鉢合わせたらしかった。
「アッシュか…レイとザックを見かけなかったか? ついでにルカも。誰も食堂から戻って来ないから、探しに来たんだよ」
「いえ、見かけておりませんね…食堂ならこちらには来ていないのでは?」
「あぁ、キッチンには少し喉が渇いたから飲み物を頂こうと、ついでに寄っただけだ」
エイデンの声がして、キッチンの扉がキィ、と動き始めたので、その場で息を潜めていた私たちは、アワアワと動揺して意味不明な動きをしていた。
「あっ!!」
「うわっ、驚いた…」
アッシュの大きな声に扉の動きが止まる。
「そういえば、本日は奥様がいらっしゃらない代わりに、執事長が冷たい甘味を用意しているとか…朝食後にお部屋へお持ちすると言っていましたよ」
「なにっ、冷たい甘味だとっ!」
声色だけで喜んでいると分かる明るい声でエイデンが言った。
「では部屋に戻るかな。アイツらもそのうちやって来るだろ」
そう聞こえて、楽しそうに弾みがちな足音が小さくなるのを確認する。アッシュもすぐに立ち去ったようだ。
それにしてもアッシュは何故、普段来ることのないキッチンの近くに居たのだろうか。ここは調理場以外に何も無いので、キッチンに用が無ければ来ることは無さそうなのだが…。考えても分からなかったので、思考は一旦停止し、私とザカライアは頷き合いそっとキッチンを後にした。
廊下では驚くほど人とすれ違わなかった。何故か殆どの使用人が休憩か、野外での仕事に従事していた。タイミングが良かったみたいで安心する。
私たちは何事もなく、屋敷の最上階へと続く階段を上っていった。誰にも見つからず、二人だけになれる場所。私の心当たりはこの場所しかなかった。
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