陸 駆け落ちする?

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「着いたわ」 「ここは…物置き部屋?」  私はそうよ、と答えながら、部屋の奥に立て掛けられた梯子を運ぶため持ち上げようとすると、すかさずザカライアが代わりに動かしてくれた。  私はお礼を言ってから、ザカライアに天井に空いた穴を指差して指し示す。 「あそこに梯子をかけて欲しいの」 「わかった」  エイデンの言う通り、ザカライアは力持ちのようで自分の背丈よりずっと高い梯子を難なく持ち上げて運んでくれた。何だか、その背中が少し逞しく見える…。 「こんな感じ?」 「えぇ、ありがとう」  振り返るザカライアから慌てて目を逸らすと、私は少し俯きながら早口にお礼を言った。   ✳︎  梯子を登ると、そこは屋根裏部屋だ。  子供からすれば、低い天井もそこまで気にならない。と、言っても、背の高いザカライアは少し窮屈そうだったが。  屋根裏部屋は、青空が広がる大きな窓から差し込む光でとても明るかった。普段から掃除が行き届いているのか、埃ひとつなくとても清潔だ。 「明るいけど、少し眩しいわね」  私がそう言うと、ザカライアは辺りを見渡して、何やら思い付いたように端に畳まれて積まれていたものを拝借して来た。  それは私が五歳の頃に使っていた桃色のレースに真珠が散りばめられるように縫い付けられた天蓋カーテンで、完全なる母の趣味だが私が嫌がりお蔵入りしたものだった。  それを窓の両端に引っ掛けて覆うように垂らすと、強かった日差しが柔らかなものになる。更に、小さな棚を引き摺って動かすと、そこを背もたれに見立てて、天蓋カーテンと同じようにお蔵入りとなり畳まれ積まれていたフリル万歳のシーツやクッションたちを並べて、簡易ソファーを作ってしまった。 「これなら大丈夫?」  ザカライアの問いに、私はこんなに気遣ってくれる婚約者がいて幸せ者だなと感動しながら頷いた。  二人でさっそく簡易ソファーに身を預けながら並んで座ってみた。 「ザッくん、もう少しこっちに来たら? そこ、クッションないでしょう?」 「あ、う、うん…!」  ぎこちない様子でザカライアが私の方へと身を寄せて座り直した。そんなザカライアを見て、私はクスッと笑う。 「緊張してる?」 「…だって…」  ザカライアも私に目を向けたので、私たちは見つめ合うこととなった。  柔らかな日差しがザカライアを照らしている。珍しい白銀の髪は光を受けてキラキラと神秘的に輝いていた。瞳も、その紫に甘さを含んで私を真っ直ぐに見つめてくる。  やっぱり、私が確信した通り。ザカライアもとても綺麗な少年だった。この美貌はこれからもっと、輝くことになるだろう。 「レイちゃん」  ザカライアの美貌の行く末に思いを馳せていると、名を呼ばれたので意識を目の前の婚約者へと向けた。 「ずっと、ありがとうって言いたかったんだ」  頬を染めてはにかむザカライア。 「僕を救いあげてくれて、ありがとう」 「何言ってるの、ザッくん。今の貴方は、ザッくんの努力が成した結果よ」  私がそう言うと、照れた表情でしかし困ったという表情で頬を掻いたザカライアは、改めて私を真っ直ぐに見た。 「あの日、初めて会った日、」  きっと、去年のお茶会の日のことを言っているのだろう。 「レイラ・シュテルンベルク令嬢だけが、僕に手を差し伸べてくれました。僕は救って欲しい一心で、君の手を掴んだけれど、その手があまりに小さくて驚いたんだ」  僅かに伏せられた紫の双眸。けれどすぐに、再び私の姿を映す。 「情けない姿ばかりを見せてごめんね。愛想を尽かさないでいてくれてありがとう。まだ君と過ごした時間は短いけれど、これからもたくさんの思い出を作っていきたいんだ」  純粋な少年の、純粋な想いに心が温かくなる。  何故かな。目の前の彼につられて、私まで顔が熱くなってしまった。 「その、小さな手をずっと離したくない。僕は君のためだけに変わるから、君のためになら誰にも負けないくらいの男になるから…」  ザカライアはそこで言葉を切ると私と向かい合い、まるで宝物に触れるかのように、大切そうにそっと私の手を取った。そして、ゆっくりと手の甲へと優しく口付ける。 「きっと…レイちゃんに相応しい男になってみせるから、そしたら僕と結婚してくれますか…?」  口付けたまま、伏せていた瞳で見上げてくる二つの紫水晶。その水晶は、はっきりと私に恋をしている。  ——光が、眩しくて、嬉しくて、この胸の高鳴りがどうしようもないくらいに苦しくて、涙が出そうだった。
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