壱 前世

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 『私だけの王子様』、略して『ワタプリ』と親しまれるこのアプリゲームに、嶺羅はひとつだけ不満があった。それは、悪役令嬢役の取り巻きとして現れる一人の令嬢の存在だ。  その令嬢は『レイラ・シュテルンベルク』と言い、小太りでニキビ顔の不潔感を漂わせ、いつもセンスのないドレスに身を包み、性格の意地汚さを表すような釣り上がった眉と目尻で、とにかく頭が悪かった。いつもキャロラインに簡単に撃退され、強敵として立ち塞がる悪役令嬢も、このレイラのお陰で足を引っ張られて自滅していき役目を終えるのだ。  別にこういったキャラクターが出てくることに不満はない。言わば、彼らはゲームをより面白くしてくれる極上のスパイスなのだ。だが、やはり、ゲームであろうと許せなかった…。 「私と同じ名前で、何という馬鹿ことを…!」  同じ名前として、レイラの愚かさは許し難かった。 「育成キャラより、このレイラを躾け直してやりたい!」  隠しキャラとして『レイラ・シュテルンベルク』は現れないのだろうかと常々愚痴を溢す嶺羅だった。 「あ、そういえば公式に隠しキャラの存在を仄めかす記事が上げられてたよ」 「え、誰だろう? もしかして、お助けキャラのヴァンヘルシュタイン三兄弟かな?」 「上と下はあっても、真ん中は無いでしょう」  友人達の談笑を聞きながら、嶺羅は育成対象では無い三兄弟のことを思い浮かべた。  最上級生である長男、二学年先輩である次男、年下だが飛び級し主人公と一緒に入学した三男。彼らはキャロラインにとても友好的でキャロラインが困っていると、長男は好感度具合やヒントを出してくれて、三男はお助けアイテム(課金アイテム)をくれたりする。見目麗しい長男と三男だが、次男は何故か太っていて醜かった。  キャロラインの二つ年上で、彼はストーリー上でレイラを含める悪役キャラ討伐に一役も二役も買ってくれる従僕な愛の奴隷だ。ゲーム上、仕方ないのだろうが…キャロラインにベタ惚れの次男は、いいように使われ最後にはヒロインとヒーローの愛の絆を深める重要なキャラなのだ。ようは当て馬にすらならないただのご都合担当の豚だ。  最後には欲望に狂った次男が、他の男を選んだキャロラインに逆上したところを育成対象であるヒーローにけちょんけちょんに叩きのめされて、レイラや悪役令嬢と共に国外追放される。悪役令嬢よりも雑な扱いをされる、このゲーム史上一番の可哀想なモブキャラなのである。 「もし、次男が隠しキャラなら…私が完璧に育ててみせる!」 「お、レイちゃんが燃えてる」 「よきよき」  握り拳を作る嶺羅に、友人達は楽しそうに笑った。
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