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「はい? 駆け落ち、ですか?」
執事長のヴェルジュさんから聞いた話に、騎士団一同驚いた。
「はい、確かにレイラお嬢様が仰ったのです! お嬢様のことですから、旦那様や奥様へ心配をおかけするようなことはされないでしょうが…万が一、屋敷の外へ出られた場合は……しかし、レイラお嬢様と将来のお婿様であられるザカライア様の二人きりのお時間を作って差し上げたくもあって…っああ、どうすれば!」
珍しく取り乱すヴェルジュさんに驚いた。
「とにかく、なるべく屋敷の外へお出にならないよう、外には使用人の目を増やすよう配置致しました。ですが万が一のことを考えて、シュテルンベルク騎士団にご相談を…」
「執事長」
ヴェルジュさんの言葉を遮って、真剣な面持ちのハリー団長が低い声で言った。
いつも厳しい顔つきで、若い騎士からは恐れられているハリー団長。しかし、とても愛情深い人で、器の大きい尊敬に値する人だ。そんなハリー団長が、こっそりレイラお嬢様とザカライア様の仲を応援していることを、俺は知っている。
「これは緊急事態だ。我々シュテルンベルク騎士団の名にかけて、ご協力させて頂こう!」
「騎士団長! ありがとうございます!」
そんな流れがあり、俺は無事にレイラお嬢様とザカライア様に追い付くと、二人がキッチンへ入っていく姿を確認した。とりあえずは今のところは安心だ。問題はここから…。
しかし、駆け落ちか。初々しいね、全く。未来のお婿様であられるザカライア様を見ていると、本当にもどかしい思いで、見ているこちらの方が焦ったさに身を焦がすほどだった。
やっと勇気を出されたのですね。男を上げましたね、ザカライア様!
なんて考えていると、進行先ルートに待機する騎士から緊急のハンドサインが送られてきた。
な、なに!? 『敵』『有リ』『誘導』『求ム』。
敵ということは、エイデン様かリュカ様がこちらへ!? 何故だ! 俺、上手く誘導なんて出来ねぇぞ!?
慌てていたら、向こうからエイデン様がやって来た。くっそ、本当に来やがった! あ、いや、いらっしゃった! まあ、せめてリュカ様でなくて良かった…あのお方相手の場合、俺だと見抜かれる恐れがあるからな。
近付いてくるエイデン様に、気合いを入れた俺は話しかけた。
「エイデン様、こんなところで会うとは珍しいですね」
表情に、出てないか!? 大丈夫かぁ!?
「アッシュか…レイとザックを見かけなかったか? ついでにルカも。誰も食堂から戻って来ないから、探しに来たんだよ」
拗ねた表情のエイデン様を見て、どうやら怪しまれていないようで心底安堵する。
「いえ、見かけておりませんね…食堂ならこちらには来ていないのでは?」
だからこの場を早くお立ち去り下さいませ! 俺は神に祈りまくった。
「あぁ、キッチンには少し喉が渇いたから飲み物を頂こうと、ついでに寄っただけだ」
と、祈りは届かず…あろうことかエイデン様はキッチンの扉に手を掛けて引き始めたので、俺の頭の中は大混乱だった。
ど、どうすれば、やばい、やばい、あ、あ!
「あっ!!」
俺はとりあえず叫んだ。
「うわっ、驚いた…」
肩を揺らして驚くエイデン様が動きを止めて俺を訝しむ視線で見てくる。考えろ、アッシュ。エイデン様をどうにかここから立ち去らせる方法を…!
その時、エイデン様の向こうで再びハンドサインを送る我が同胞の姿が見えた。
『氷』『罠設置済ミ』『A地点』『誘導』『求ム』。
「——そういえば、」
俺の脳はフル回転で、ハンドサインの意味を読み解き、流暢に話し始めた。
「本日は奥様がいらっしゃらない代わりに、執事長が冷たい甘味を用意しているとか…朝食後にお部屋へお持ちすると言っていましたよ」
エイデン様が俺を見上げる。…どうだ、だめか!?
「なにっ、冷たい甘味だとっ!」
普段は長男らしくあろうとするエイデン様には珍しい、年相応の子供のような表情で目を輝かせた。
「では部屋に戻るかな。アイツらもそのうちやって来るだろ」
か、神よぉーー!! お見守りくださり、ありがとうございます!!
冷たい甘味という『罠』にかけられたエイデン様が、そそくさと『A地点』…いや、お部屋へと戻られていく後ろ姿を見送ってから、握り拳を作った両手を大きく天に掲げたのだった。
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「……抱きしめても、いいですか?」
「もっと強く抱きしめても大丈夫よ」
「だって、レイちゃんの肩が細くて…壊れちゃいそうで…」
「壊れないように、私のことを守ってね」
「うん…僕が生涯、レイちゃんを守るよ」
甘酸っぱ〜い! いやぁ、キュンッキュンするぅ!
屋根裏部屋に繋がる梯子の下で、私と執事長は涙を流しながら、音が出ないようにハイタッチした。
最高です! 執事長! 純真無垢な少年の恋心、ほんと尊いです!
私がこの胸のときめきを表現するように、音が出ないよう細心の注意を払って、執事長へ身振り手振りで伝えた。
伝わったのか分からないが、執事長もザカライア様の純真さに心打たれたようで、涙を流しながらウンウンと頷いていた。
シュテルンベルク侯爵家にお仕えする一同諸君!
無事、ミッションコンプリートしたわよ!
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(これにて第一章完結です。)
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