レイラ・シュテルンベルクという少女 序章

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レイラ・シュテルンベルクという少女 序章

「やあ、エイデン! 久しぶりじゃあないか!」  学園の入学式当日、私は見知った男の背中を見つけたので、子供の頃のように気軽に声をかけた。  白銀の髪の男がこちらを振り返る。  ——ん? エイデンは、こんな柔らかい表情をする男だったか…? 「………あぁ、レオンハーツ王子ですね。お久しぶりでございます」  エイデンは丁寧な言葉遣いで頭を下げると、「では」とサッサと会話を切り上げて立ち去ろうとするので、私は慌てて引き止めた。 「待て、まてまて。エイデン、顔を合わせるのも六年ぶりだというのに、そんなあっさりと立ち去ろうとして酷くないか? それに、先ほどの反応、私のことを忘れていたのではないか?」  私が睨み上げると、エイデンは困ったように曖昧に笑った。久しぶりに会ったがやはり、気に入らない一族だな、ヴァンヘルシュタイン一族とは。  何が見目麗しい白鳥の一族、何が才能ある一族、だ。数年の月日で更に男らしく、そして魅惑的な男に成長した目の前の男を忌々しげに見つめた。随分と背が伸びたようで、この完璧な私の身長より高いところも気に入らない。  六年前に茶会で会って以来、エイデンを始めとする弟二人とも顔を合わせていない。同じ王都に住んでいるというのに、母上主催の茶会にも、すっかり顔を出さなくなってしまった。何でも、三兄弟とも大病にかかってしまい、長年の療養生活を送っていたという。  しかしそれも一、二年ほどの話で、復帰したエイデンは剣を学ぶために、学園入学になる年まで、剣術の盛んな帝国へ留学し師事していたのだとか。  さらに一番下の弟リュカは、その類稀なる頭脳明晰さで飛び級し既に学園の卒業資格を修めている。それだけに留まらず、地層学、薬草学、昆虫学に明るく全ての博士号を取得するため、近々、学問の国精霊国へ向かうことが決定していると聞いている。  そして、もう一人の弟は……私はニヤリと口角をあげた。 「そういえば、エイデンの一番目の弟も私と同じ年だし今年学園に入学するのだよな? お前と同じく長いこと顔を見ていないが、少しは白鳥に近付けたのかい? あの『アヒル公子』は?」  完璧なヴァンヘルシュタイン公爵家の唯一の汚点、次男のザカライア。頭も悪く間抜けで、何の才能もない、それに何と言っても醜いあの見目である。思い出しただけで、あのコロコロとどこまでも転がってゆきそうな丸い体のお陰で笑いが込み上げてくる。  確か昔、シュテルンベルク侯爵家のご令嬢と婚約したと聞いたが…あれから一切の話は聞かないし、あまりの無能さに婚約破棄されたのかもしれないな。  侯爵令嬢は全くと言っていいほど、社交界に顔を出さない。…まぁ、デビュタントは十五から十八歳、学園にいる間に行うものだから顔を出すことがなくてもそこまで可笑しなことではないのだが、ここまで姿を現さないとなると、ザカライアとの婚約のショックが大きすぎて体調を崩しているのかもしれないな。  「…ふふ」と思わず笑い声がもれてしまった。 「剣も学の才能もない、お前の一族の次男の名前は何と言ったかな? そうそう、たしか——」 「あ、ザカライアくん、探しましたよ!」 「はい、先生。すみません、向かっていたら捕まってしまいまして」 「——そう、ザカライアと言ったな!」  ビシッと指を指して大きな声で言った私は、すぐに違和感に気付いた。 「…ん? 待て、…今何と呼ばれた?」  混乱する私に、学園の教員らしき男が訝しむ目でこちらを見てきた。 「レオンハーツ王子、いかがなさいましたか?」 「お前っ、エイデンでは、ない…っ!?」  私が食ってかかるように、この目の前の白銀髪の男の肩を掴むと、男はニコリと笑顔を浮かべて頷いた。 「あ、はい、僕はザカライア・ヴァンヘルシュタインですよ」 「…は、……はぁあっ!?」  この美男…いや、この男が、あの、『アヒル公子』だと!? 「レオンハーツ王子。すみませんが僕、先生に呼ばれているのでここで失礼します」 「ザカライアくん、行きましょう! 新入生代表挨拶は頭に入っていますか?」  私は認める事が出来なかった。あの不細工で、馬鹿で、鈍臭いザカライアが…あんな!? 誰もが認める甘い顔立ちの美形で、更には入学試験の一位が受け持つという、新入生代表挨拶を行うというのか!? 「レオンハーツくん! 君も早く会場に行かないと、入学式に遅れますよ!」  ザカライアを連れ出した教員が、気付いたように遠くから声をかけてきた。  しかし、今の私の頭には、そんな言葉は入ってこない。 「そんなこと、認められるかぁああ!!」  ——誰もが嘲笑ってきた『醜いアヒルの公子様』は、誰もが見惚れる麗しい『白鳥貴公子』へと成長し、新入生代表挨拶を堂々と皆の前で述べてみせた。  ザカライア、十五歳の春であった。 「レイちゃんも早く入学しないかな…——」  彼は花が咲き誇る晴れ空を見上げて、婚約者が入学する二年後の入学式を心待ちにしていた。
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