壱 新生活と新しい出会いと

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壱 新生活と新しい出会いと

「——新入生代表挨拶、レイラ・シュテルンベルク」  名を呼ばれた私は、スッと立ち上がり壇上へとあがる。背筋を伸ばし、目の前に並ぶ、これから級友になる面々を見つめながら、私は口を開いた。 「——————」  高い位置に結んだポニーテールが春の風に揺れる。柔らかな毛先が首筋を撫でくすぐったい。前世、放送部員の面々を感動で泣かせた私の美声を聞くがいい。  私が挨拶を述べたあと、級友たちの頬がほんのりと赤く染まっている気がした。私が静かに元の席へ戻るまで、皆が視線で追いかけてくるのを感じた。  窓から見える空は青かった。私は目を細める。  私は本日、学園に入学した。 「シュテルンベルク令嬢!」  入学式も終わり解散となったので、私は職員室へ向かおうとしている時だった。寮生組みはこのまま割り振られた自室で荷解きなどするのだろうが、入学してみると何故か私は寮生では無かった。  我が家は王都にタウンハウスなど持っていないので、寮でなければ侯爵領からの通いとなる。片道二週間もかかる道のりを、どう通学しろというのか。転移ポータルを利用すれば、なんとかなるかもしれないが、私が卒業する前にシュテルンベルク侯爵家が破産するだろう。きっと何かの間違いで、寮生名簿から名前が漏れていただけなのだろう。そうでなければ困る。とにかく、職員室へ行って確認を…というところで声を掛けられた。 「はい、どうかなさいましたか?」  私が声の主に振り返り見つめると、相手の男子生徒は頬を染めて何やらもじもじしている。可愛らしい顔立ちに身なりの良さから、どこかの貴族令息であろう。 「その…この後、お茶でもいかがですか?」  なんと。今、私はこの見知らぬ令息に誘われたようだ。初めての経験に少し固まっていると、断られないことに可能性を感じたのか、「美味しいケーキのあるカフェを知っているんです!」と貴族令息は明るく続けた。 「あ、いえ、私は…」 「レイちゃん」  断わろうとしたところに、ザカライアがやって来た。何故か大きな花束を手に登場するので、お花の国の貴公子かと思った。つまり、花束の似合う男だということが言いたい。 「迎えに来たよ」 「ザッくん、ありがとう」  突然現れて私と朗らかに話すザカライアに、目の前の男子生徒は非常に気を悪くした表情を浮かべている。 「あれ? こちらは?」  今気づきました、とでも言うような態度でザカライアが私に男子生徒のことを尋ねてきた。 「あ、この方は……あの、お名前は?」  私も知らなかったことに気付き尋ねると「シュヤ・ホーエンです」と答えてくれた。 「僕はザカライア・ヴァンヘルシュタインです。シュテルンベルク令嬢の婚約者です」  ザカライアの自己紹介にホーエン令息は目を丸くした。ザカライアが公子だということ、私の婚約者だということ、どちらに驚いたのだろうかと思っていると「え! あのアヒル公子!?」と言ったので、私の表情はサッと冷たいものとなった。 「はい、あのアヒル公子です。それで君のホーエンは、ヴァンヘルシュタインに名を並べるほどの家格なのかい?」  ザカライアは優しく微笑みながら言った。言葉を受けたホーエン令息は、いかに自分が高位貴族へ失言をしたのか気付き顔を青くした。 「も、申し訳ございませんでした!」  彼はサッと九十度の角度でお辞儀をして、この場から走り去っていった。 「ふう、君に集る羽虫はエディ兄さんとルカだけで十分だよ」  悲しげな表情でそう呟くザカライアは色っぽく、周りでこちらの様子を伺っていた女子生徒たちが頬を赤らめていた。ご令嬢の皆さん。この人は今、兄弟を羽虫呼ばわりしていますよ。  一七歳のザカライアは甘い微笑みに色香を漂わせる、とんでもなく心臓に悪い婚約者へと成長した。私も長年の付き合いから耐性はあるが、ザカライアが本気で誘惑してくると危ない。これまでにも、何度か侯爵領へ誘拐監禁してしまおうかと恐ろしい犯罪思考に陥りそうになったことがある。ザカライアなら喜んで付いてきそうであるが、それは人として許されない行為である。 「…ザッくんも、貴方もそうして立っていると、蝶を惑わす花みたい」  少し嫉妬しているように聞こえたかな、と、咄嗟に出てしまった今の発言を後悔していると、嬉しそうに微笑むザカライアが私の顔を覗き込んできた。 「蝶を? じゃあ、一番初めに誘われたのは、『チョウガサキ レイラ』さんかな?」 「ふふ、まだ覚えていたの? 私は『レイラ・シュテルンベルク』よ」  私とザカライアは懐かしい思い出に笑い合った。 「はい、レイちゃん。入学おめでとう」 「ありがとう」  愛を告げる花言葉ばかりの花々で作った花束を受取り、私は心の底から嬉しくて笑った。 「レイちゃん、かわいい」  最近のザカライアは、蕩けるような甘い瞳で見つめながら、愛おしそうに親指で私の頬を撫でるついでに、唇にも触れるので、本当に心臓に悪い。 「私、職員室へ行きたいの」 「なぜ?」  首を傾げるザカライアに事情を話すと、彼は朗らかな笑顔を浮かべて言う。 「ああ、レイちゃんは公爵邸から僕と一緒に通うから、僕が寮をキャンセルしておいたんだ」 「………え?」
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