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「いいか、レイ。俺は、公爵邸から通う事は反対だ」
「私も反対よ!」
衝撃の事実を聞かされた私は、荷物はすでに公爵邸へ運び込まれたと聞いて、仕方なくヴァンヘルシュタイン公爵邸へお邪魔していた。
帰ったらエイデンが私とザカライアを待ち伏せており、運び込まれてきた私の荷物はどういうことなのかと詰め寄ってきたので、余す事なく事実を告げた。
婚約者とはいえ、血族でもない年頃の男女がひとつ屋根の下…然るべき理由がない限り、外聞が悪すぎる。貴族にとって、それは致命的なのだ。
「ザックは、お前が絡むと、なんかこう…危険なんだ! 思考とか!」
「今、身をもって感じているわ」
一度キャンセルした寮のキャンセル取消しは出来なかった。けれど再度申し込めるので、申し込みし直し、部屋の準備が整い次第、入寮することになる。
「でもレイちゃんが公爵邸から通えば、夜も皆で過ごせるんだよ? エディ兄さんもそっちのほうがいいでしょう?」
「いや、それは………って、考えさせるなよ」
説得されそうになっているエイデンに、私は呆れた視線を送った。
「レイちゃん、やっぱり公爵邸から……」
私はザカライアの話の途中で、わざとらしく顔を背けた。すると、ザカライアはこの世の終わりのような顔をしてショックを受けている。
「お、おい。いつもザックに甘いレイが珍しいな…?」
「喧嘩中なの」
フンと鼻を鳴らしてエイデンに言うと、ザカライアがトボトボとこちらへ歩いてきて、私の足元でこれ見よがしに肩を下げながら正座した。
私は横目に落ち込むザカライアの姿を見ながら考える。確かに、エイデンの言う通り、私はザカライアを甘やかしすぎてしまったのかもしれない。
ダイエットとか、勉強とか、運動に注力しすぎて、考え方や心の方面は全く関与していなかった。とは言っても、ザカライアは卑屈にはなりやすいが、捻くれてはいないし、しっかり常識的思考も持ち合わせているので、そこまで心配していなかったのだ。
私のことになると、タガが外れたように本能に従う傾向に陥るが、今までは離れて過ごしていたからそこまでの被害は無かった。しかし学園に入学した今、日常的に被害を被ることになるのは絶対に避けたい。
今回のことも、今まで離れて過ごしてきた分、より一緒にいたいという思いが強く、良かれと思って勝手にキャンセルしてしまったのだろう…。
だが、しかし、こちらから許すつもりはない。この一度目を許せば、今後も同じケースに陥り何度でも許さなくてはいけなくなる。
——これも、婚約者育成の一環だ。
「……レイちゃん、ごめんなさい」
ポツリとザカライアが呟いた。私がザカライアを真正面から見ると、彼も私を真っ直ぐに見返してきた。
「勝手なことをして…レイちゃんのことを全然考えていなかった。これからレイちゃんと毎日一緒にいられるって、浮かれすぎていました…」
…だめだわ。私はザカライアに甘い。もう許してる。
「うん、次からは…ちゃんと私の意見も聞いて欲しい」
「ごめんね、レイちゃん」
ザカライアが遠慮がちに、膝をついたままさらに近付いてきた。頬から鎖骨までを赤く染めて、紫の双眸を潤ませて。
「…仲直りの…抱きしめても、いい?」
いつの日かのザカライアと変わっていなくて、私は思わず微笑んでしまう。
「どうぞ」
あれから随分と大きくなった体で、やはりそっと大事そうにザカライアは私を抱きしめた。これにて仲直り。
「……お前ら、見えないところでやれよ、せめて」
不服そうな顔で私たちを睨むエイデンに、ザカライアは「エディ兄さんも婚約者を選んだら? たくさん釣書が届いているんでしょ?」と、少しだけ黒い笑顔で言った。
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「昨日はルカ、帰って来なかったわね」
朝の通学のため、ザカライアとエイデンの三人で馬車に乗って言った。
昨晩のうちにヴァンヘルシュタイン公爵と公爵夫人に事情を話して、寮の準備が終わるまで公爵邸から通わせて貰えるよう許可を取った。
二人とも快諾してくれて「娘になるのだから」と、優しい言葉までかけてくれた。公爵が「寮なんか使わず、ずっとここから通えばいいじゃないか」と昨日の話をぶり返すようなことを言ったので、少しだけ期待に満ちた目で私を見つめるザカライアを、一睨みで黙らせた。公爵も夫人に睨まれていた。
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