壱 新生活と新しい出会いと

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「ルカは今年から教鞭を取るだろ、教員には一人ひとり研究室が与えられるらしいから、昨日は研究室にこもっていたんじゃねぇか?」  エイデンの話に納得する。しかし、リュカがここまで飛び級することになるとは驚いた。ゲームでは一学年飛び級しただけだったのに…。  私は今年から学園の薬草学を教員として受け持つリュカのことを考える。キャンプをきっかけに、まず石へ興味を持ったリュカは、石から地層へ、地層から植物へ、植物から昆虫へと興味を移して勉強にのめり込んだ。リュカにそれぞれの分野の博士号を与えた、世界樹の図書館があるという学問の国精霊国には、リュカ専属の研究チームがあるのだとか。  そして、我が庭師筆頭の息子ゲイルは、リュカの研究チームに所属し、精霊国で生活している。いつの間にか意気投合していた二人は、リュカが精霊国へ留学する際にゲイルを連れ去ってしまったのだ。我がシュテルンベルクは一人の有望な人材を失うことになった…。とは言っても、たまに届くゲイルからの便りを読むと、帰ってこいとは言えないほど充実しているようなので、もう腹を括って応援するしかない。  他愛もない会話を三人でしているうちに、馬車は学園へ到着した。まずはエイデンが降り、次にザカライア、そして最後に私が馬車から降りた。  ザカライアのエスコートで降りた瞬間、辺りが騒ついたので驚いて顔をあげると、居合わせた全ての生徒から注目されていたので驚いた。 「えっと…なにか?」  すぐ近くで私を凝視している女子生徒に声をかけると、「いえっ」と言ってそそくさとこの場から立ち去ってしまった。  「なんでザカライア様が女子の手を…」とか「あの女子生徒は誰?」とかボソボソと聞こえてきたので、前世の知識からもなんとなく察した。美男子二人と登校したことで、変に目立ってしまったというわけね。  しかし、このようなことで怯む私ではないし、むしろいいチャンスだと考える。ザカライアは正真正銘、私の婚約者なので、堂々としていればいいのだ。なぁんだ、婚約者なら一緒に登校しても当たり前だね、と皆すぐに理解が及ぶことだろう。そして、そのまま新入生である私の存在が認知されて、そこから新しい友人へと発展出来れば嬉しい。  私はスッと胸を張り、こちらに訝しむ視線を向ける生徒達に対して声を大にして言った。友人作りの基本は、ハキハキと気持ちのいい挨拶! 「はじめまして。今年より入学致しました、レイラ・シュテルンベルクと申します! こちらのザカライア・ヴァンヘルシュタイン公子とは幼少の頃からの婚約者でございます、皆様、以後お見知りおきを!」  ざわめいていた声はピタリと止み、しん…と静かになった。私が、完璧な挨拶が出来たと満足感に微笑んでいると…。 「っはぁあ!? ザカライア様の幼少の頃からの婚約者ぁ!? 何あれ、自慢かしら!?」 「幻の令嬢とまで言われていたシュテルンベルク侯爵令嬢が、絶世の美女だと誰が仰ったの? やはり噂は所詮噂ね!」 「何がお見知りおきをですの!? 覚えて貰って当たり前とのご認識なのでしょうか!?」  もう、罵倒の嵐だった。 「……なぜ?」  本気で理解出来なかった私は、エイデンを見る。エイデンははぁ、と小さく息を吐き、呆れたように教えてくれた。 「お前が育てた婚約者の人気、舐めんなよ?」 「あら、褒めてくれてありがとう」 「確かに褒めてるけれども! この場合は違ぇだろ!」  エイデンはガシガシと頭を掻きながら「レイはこの性格だもんなぁ、ご令嬢たちとの相性が悪そうだもんなぁ」と頭悩ましそうに言っていた。 「…それにザックは…」  気を取り直したエイデンが、私の知らない学園の事情を教えてくれた。 「一度も女生徒に触れたことが無いんだ。それに相手にしてくれない、微笑んで流されるだけ。始めはザックの気を引こうとする令嬢が後を立たなかったが、次第にザックの頑なな態度を受け入れたのか、令嬢たちは徒党を組んで結束を固め、『ザカライアは遠くから見つめる高嶺の花』だと定義した。いつも優しく微笑むだけで、触れないし触らせない、学園の絶対不可侵領域だったんだ。それなのに…」 「その不可侵領域を侵す害虫が現れた、と…」 「害虫…とまでは言わねぇけど、まあ、そういうことだ…」  理解した。つまり、彼女達は前世の言葉を借りるとザカライアのファンクラブメンバーであり、今まで保たれていた欲望と平和の均等を崩す私の存在が、受け入れられないということなのだろう。  隣でザカライアが天使のような微笑みを浮かべて「レイちゃん以外の女性と触れ合いたいとか思わない。汚らしいから」と言っていたが、これは幼少期時代のトラウマからくる心の問題なのだろうか。 「それと、僕、今レイちゃんに酷いこと言った人たちの顔、全員覚えたからね」  と、天使の微笑みから背筋がゾッとする笑顔に切り替えてザカライアが続けた。  あの純真無垢だった私のザカライアは華麗な成長を遂げて、どうやら腹黒要素が追加されたようだ。   ✳︎ 「レイ!!」  私への罵倒の嵐を、変声期を迎えて以前よりも低くなった少年の声が掻き消した。驚いて見るとそこにはリュカが立っていた。少し怒っている表情だ。  リュカの登場に、周りの女生徒達が沸き立った。ヴァンヘルシュタイン三兄弟が遂にお揃いよ! と、赤らめた顔でその場に倒れ込む人もいて心配になった。男性生徒は若干引いていた。
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