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「昨日、どこに行ってたの!?」
ズカズカと大股で私の前にまでやって来たリュカが、大きな瞳をキッと三角にし、可愛らしい顔を膨らませていた。全く怖くはない、が、この状態のリュカは少し面倒くさい。
「ヴァンヘルシュタイン公爵邸よ」
「は!? なんで!? レイは寮生でしょ!?」
身を乗り出して噛み付かんばかりに吠えるリュカに、エイデンが端的に事情を説明した。
「僕、昨日はずっとレイを待ってたのに! 二人で入学のお祝いをしようと思って、研究室に宿泊準備もしていたんだよ!?」
この、自分の思い通りに事が運ばなかった時のリュカの癇癪は本当に面倒くさいのだ。
「ルカ、二人でお祝いしなくとも、俺たちとも…」
「うるさいっ、このヘタレ脳筋バカっ」
反抗期も相まって、触れる者みな傷付けるお年頃なのだ。エイデンがショックを受けた顔で「へたれ、のうきん、ばか…?」と呟いていた。
「ルカ、人に馬鹿なんて言うものではないわ」
私が厳しい目を向けてリュカを叱ると、リュカは悔しそうな表情で口を噤んだ。叱られるリュカの姿を目撃した三兄弟ファンクラブメンバー——周りで騒ぐ女子生徒たちを、私はそう認識した——が、どよめき憤りの視線を向ける中、私はウンザリして小さく息を吐く。
「とにかく…私はもう教室に向かいたいから…」
いつまで、皆の見せ物になれば…、馬車の駐車場で足を止めていればいいのだ。いい加減、教室に向かいたい。そう思い私が言いかけると、公爵家の馬車のすぐ隣に一台、金の装飾が施された白い豪奢な馬車が止まった。
「やあ、皆の衆。おはよう」
と、爽やかな笑顔を浮かべる美形の青年が降り立った。
またもや黄色い声を上げる女子生徒たちに、もう誰でもいいわけ? と、三兄弟ファンクラブメンバー達に訝しむ目を向けてしまった。騒ぎたいだけのお年頃なのだろうか。騒ぎとなる元凶へ今度は誰なの、と、ウンザリしながら私も隣に目を向ける。
そこには金髪に金の瞳をした青年がいた。その青年とすぐに目が合う。
「あっ……」
私は驚いて思わず声をもらす。私たちが見つめ合っていると思ったのか、ザカライアが一歩私たちの視線の間に入ってきた。それを見て青年はニヤリと笑う。
「レイラ・シュテルンベルク侯爵令嬢だね?」
彼が私の名前を呼び、私は慌てて臣下の礼をとった。
「お初にお目にかかります、レオンハーツ王子」
『ワタプリ』のメインキャラクター、レオンハーツ王子のゲームそのままの姿に、初めて顔を合わせるというのに懐かしさすら感じてしまう。
「君が気に入った! 今日の昼食は私と一緒に過ごすことを許可しよう!」
レオンハーツが声高らかに言った言葉に、三兄弟ファンクラブメンバーたちは不満の声を漏らし、エイデンとリュカは王子を睨みつけ、ザカライアは無表情だった。…って、無表情? 初めて見たわ…。
私はいつも持ち歩くようにしている懐中時計で時刻を確認し、結構な時間をこの場で足止めされているのだと再確認する。
私は小さく息を吐き、メインキャラクターに相応しい美貌の笑顔に微笑んでみせると、隣にいたザカライアの腕に、自身の腕を絡めた。
「お誘い有難く存じますが、申し訳ございません。私には既に、素敵で可愛く愛らしい婚約者がおります」
「レイちゃん…!」
感激したような表情のザカライアに笑いかけて「行きましょうか」と、私たちはさっさとこの場を後にした。エイデンとリュカもちゃっかり後に付いて来ていて、後ろの方では王子様らしからぬ声で何やら叫ぶレオンハーツの声が聞こえた。
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