壱 新生活と新しい出会いと

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 すると経済について熱く語っていたバルファルトが言葉を止め、頬を染めながら私を見つめている。ちょうど言葉が途切れたので、私は真実を教えてあげようと口を開いた。 「私は特別何もしておりませんよ。領民たちに学びたい、と乞われたので、私の知る知識を教えてあげただけのこと。そこから学び、何かを得ることが出来たのならば、それは領民たちの努力の賜物でしょう」  とはいえ、バルファルトの言う内容は全体的にシュテルンベルク侯爵領民を褒めていたので、嬉しさから知らずに言葉が弾む。 「私の領民なんですもの、私が与えられるものは与えたいに決まっています。生まれた瞬間から人は、学ぶ権利を平等に持ち合わせているのですから!」  元民主主義国家出身者として、やはり強くそう思ってしまう。貴族制度であるこの国では、もしかしたらあまり賛同して貰えるような思想ではないのかもしれないが…。  バルファルトの口が震えた。 「…ノブレス、オブリージュだ…!」  私たちの会話を聞いていた、他の生徒たちも感動したように口や肩を震わせている。 「ただ金をばら撒くだけの貴族とは違う! 貴女の崇高なその思想は、まさに高貴なる義務の礎となるべき思想である!」  何故だか、教室内が熱狂に包まれた。 「それは果たして、ノブレス・オブリージュのひと言で済ませていいものなのかな?」  そこに、突然に颯爽と現れたリュカが質問を投げかけた。表情を輝かせていた級友たちが、ピタリと動きを止めてリュカに注目する。 「平民への偏見で視野を狭めることは愚か者のすることだ、人は努力を辞めた時に輝きを失う。僕の、二人の人生の先生が教えてくれた言葉だ。みんなの心にも、響くといいな」  そう言ってリュカは私にニコッと笑いかけると、「さあ、みんな。朝礼の時間だから早く席に着いてね」と生徒たちに声を掛けた。  リュカ…大人になって…! と、一瞬感動したが、何故ここにリュカがいるのか…私の訝しむ視線に気付いたリュカが明るく言った。 「レイのクラス担任を受け持つ事を条件に、ここの教員を引き受けたんだ」  また我儘を通したのね。やはりリュカは、まだまだ子供である。   ✳︎  一年生のクラスは全部で三クラスあった。私はその中でも始めの番号に当たる一組所属だ。学園初めてのクラス分けは、家格によって分けられる。上位貴族が所属する一組、中位貴族が所属する二組、下位貴族が所属する三組、と上からクラスの人数制限ごとに区切られて組み分けられる。しかし二年生からははっきりと学力の順位で一組から三組へと組み分けられるので、油断は禁物だ。貴族の学び舎である学園は、あくまでも『実力主義』のスタンスを取っていることが分かる。  朝礼が終わり、クラスの全員で軽い自己紹介を終えたあと、リュカからの指示でクラス委員長を決めることとなった。男女一名ずつから選抜しなくてはならない。  実は、男子生徒の方はすぐに決まった。バルファルトだ。王都貴族の中でも顔が知られている少年らしく、賢く正義感が強く公平さを持ち合わせているとして、男子生徒からの絶大な信頼より推されて決定された。バルファルトは照れながらも嬉しそうに承諾した。  問題は女子生徒である。私は空気の読める人間だと自負している。女子生徒からなる尊敬の眼差しのような輝く視線が、私に突き刺さっていることには気付いていた。別に私も嫌ではないので引き受けても良い。しかし、このクラスには王族の姫がいるのだ。  私はチラリとその姫へ視線を向けた。まるで小動物のような、常に何かに怯えたような様子で周りを警戒する彼女を見て、気の弱い性格なのだと理解する。髪は王族らしく見事な金色で、緩いウェーブのかかった、まるで妖精姫と見紛うほどの可憐さだ。その姫の大きな薔薇色の瞳と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。  貴族内の中であれば、ある程度家格が下でも上に立つ者としての素養が認められればバルファルトのように推されることもある。しかし、王族がいるとなれば話は違うのだ。王族を押し退けて私がクラス委員長に収まるなど言語道断、不敬処罰ものだ。  姫、もしくは担任であるリュカから申し出て欲しかったが…姫は萎縮したように俯いているし、リュカは当然私に決定されるものだと期待に満ちた目でこちらを見ている。だめだ、私が何とかしないと。
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