弍 転生しました

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弍 転生しました

 目を開けると真っ白な景色だった。——ここは、どこ…? 意識がぼうっとする、はっきりしない。まだ夢心地のようで、瞼が重い。  白い景色の中に黒い人影が現れた。驚いて目を見開くと、黒い人影はユラユラと揺れ、いつの間にか二つ三つと増えていった。なんだか恐ろしい…視界もぼやけたままよく見えないことも、さらに恐ろしさを掻き立てるものだった。 『…ラ、君の名…はレ……だ! レイラ・シュテルンベルク! 我…娘よ、生ま………てく…て、…りがとう』  なに? よく聞こえない?  誰かが何かを話している声がする。けれどまるで耳に栓をしているかのように、ずっと遠くの方から聞こえてきているように感じた。その中でも、はっきりと聞き取れた言葉がある。『レイラ・シュテルンベルク』。  私は懸命に目を見開いた。自分の状況を確認しようと思ったからだ。けれど、体はちっとも動かない。動かないというより、動かせない。自身の意思通りに動かすことが全くと言っていいほど出来ないのだ。  何が起こっているの!?  驚きと恐怖心から喉がひくつく。とても恐ろしかった。知らず知らずのうちに私は泣いていた。…こんな風に泣くのはとても久しぶりだ。 『あらあら、私の可愛い天使ちゃん。どうして泣いているの?』  今度ははっきりと聞こえた。優しそうな慈しみ深い女性の声に私は涙に濡れた目を開くと、やはり真っ白な空間に黒い人影があった。その人影はどんどんと近付いてきて私に言う。 『元気に泣いてくれて、ママは嬉しいわ』  とても心が落ち着く声だった。安心したからか、私は静かに目を閉じて、そして深く眠りについた——。   ✳︎  結論から言おう。私は赤子に生まれ変わっていた。  数ヶ月経つと、ぼやけていた視界が段々と鮮明になり、色味のなかったモノクロの世界が少しずつ色づき始めてきた頃。私はやっと自身が置かれた状況を理解した。  赤子になっていたのだ。しかも、西洋人の…いや、『ワタプリ』の世界の。さらに、私はあの馬鹿で愚かな『レイラ・シュテルンベルク』として生を受けていたのだ。  初めはこの事実に訳も分からず、ひたすらによく泣き喚いた。その度に、今世の母や父、そして乳母やメイドなどが私をあやしにきた。  少し落ち着いてくると、前世のことに思いを馳せた。蝶ヶ崎 嶺羅は一体どうなったのかと、記憶を辿った。曖昧だった記憶は時が経つにつれて思い起こされていった。  ——そうだった。私、友人たちとの帰り道に、車に轢かれて…。思い出した記憶があまりにもショックで、泣いた。  泣き声に駆けつけた乳母にあやされながら、何故事故に巻き込まれたのかを思い出す。確かに青信号の横断歩道を渡っていたはずだが、信号無視した乗用車が突き進んで来て、轢かれそうになった友人を反射的に突き飛ばし自身が車の前に出てしまったのだ。この、我が校の運動部エース達を唸らせた類稀なる反射神経が私にそのような行動を取らせたのだ。  その日は友人たちと少しでも帰り道気分を味わいたいからと、運転手に無理言って学校から少し離れたところで待機して貰っていた。…私のせいで、運転手には不憫な思いをさせてしまっただろう。謝罪はもう届かないけれど…それでも深く謝罪した。 「レイラお嬢様、どうして泣いていたのですか?」  優しい声で乳母が尋ねる。  それはね、乳母よ、友人を無事に助けられて嬉しいからよ。 「あうぅ」  運転手に迷惑をかけてしまったのに、謝れないから。 「うぁ、あっ」  ……もう、家族や友人のみんなに会えないから、よ。
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