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弍 ザカライアと兄弟子
学園生活、初めてのランチタイム。私はザカライアと約束していたので、待ち合わせ場所である食堂のテラスへと向かった。
教室を出ようとする私の視界の端に、まるで、今から出掛けようとする飼い主に置いていかれる犬が向ける瞳のように、悲しみに満ちた目をするグレイシアがいたので、謎の責任感から思わず一緒に連れてきてしまった。そして私たちの後を当然のようにリュカが付いてくる。
「実はザカライア公子とは一度もお会いしたことがなく…レイちゃんの婚約者様と私も仲良く出来るでしょうか?」
なぜか緊張しているグレイシアにリュカは意地悪そうな笑顔を浮かべて「どうだろう? ザック兄さんは警戒心が強いからね」とグレイシアに不安を与えていた。もちろん、グレイシアはそれを受けて、不安に青褪めている。
「ルカ、意地悪しないで。シアちゃん、大丈夫よ。ザッくんはとても優しい人なので」
私が笑ってみせるとグレイシアはホッと安心したように息を吐いた。
「レイちゃん…僕と二人だけの幸せなランチが…」
テラスへ行くと、私を待っていたザカライアはぱぁっと花の咲いたような明るい笑顔で近寄ってきたが、リュカとグレイシアの姿を認めると暗い表情を浮かべた。
「ザック兄さんにだけ楽しい思いはさせたくないよねぇ」
「ルカぁ、君も早く婚約者を決めなよ!」
さっさとテラス席に腰を下ろすリュカに、憎らしそうな視線を向けていたザカライアは、初めて見るグレイシアに、何の感情も読み取らせない目を向けた。
「あっ、ザカライア公子…私はグレイシアと申します」
「はじめまして、ザカライアと申します」
慌ててお辞儀するグレイシアに、ザカライアは優しそうな微笑みを携えて挨拶を返している。なんだ、やっぱり大丈夫じゃないか。ザカライアは思いやりのある、優しい人だから…心配はしていなかった。
「レイちゃんとは同じクラスになりまして、それで本日はランチに誘われて厚かましくもご一緒したいと思い…」
照れ笑いを浮かべながら事情を説明するグレイシアが、顔を上げてザカライアを見た瞬間、肩をビクリと跳ねさせ固まった。私はどうしたのだと驚き、グレイシアと同じようにザカライアを見上げた。
「……『レイちゃん』…?」
ザカライアは今だかつて見せたことのない、虚無の表情を浮かべていた。
「ざ…ザッくん? どうしたの?」
「あ、レイは初めて見るんだっけ? ザック兄さんは、レイと会えない時はよくあの顔で部屋に佇んでいたりするよ」
根が暗いうえにホラーだよね、と何でもないように笑うリュカが答えてくれた。聞くと、私に会えないストレスとか、私に関することで強いショックを受けると、あの虚無状態に陥るらしい。
「ザック兄さんは、レイが自分以外に『レイちゃん』と呼ぶことを許したのがショックだったんだよ」
メニュー表を眺めながらリュカが教えてくれた。グレイシアは涙目で肩を震わせ怯えている。…私が何とかしなくては。
「ザッくん、聞いて。確かにシアちゃんにも…」
「『シアちゃん』!?」
虚無状態から少し脱したザカライアが、私を見て目を潤ませる。
「……『レイちゃん』と呼んでほしいと言ったけれど、私の一番は、ザッくんなのよ…!」
私の言葉を聞いたザカライアの表情に、段々と生気が戻ってくる。
「…僕が、一番…レイちゃんの一番…」
私を『レイちゃん』と呼ぶ初めてはザカライア…ではなく、母なのだがこの際家族は除外させて頂く。何はともあれ、初めて許したのはザカライアなので、ザカライアは一番なのだ。
「そうよ、ザッくん。私の一番で初めては、ザッくんよ!」
ザカライアは完全に立ち直った。
「さ、早く座ろう。グレイシア様は何を食べますか?」
余裕の笑みすら浮かべていた。
✳︎
ザカライアたちとランチを楽しんでいると、エイデンがやって来た。
「みんな、ここにいたのか」
ヴァンヘルシュタイン三兄弟が揃ったことで、周りの女子生徒が顔を赤らめて騒いでいた。…どこに行っても、三兄弟ファンクラブメンバーがいるのね。
エイデンに目を向けると、そこにはとある男子生徒が隣に立っていて、私は彼を見て驚き目を大きくさせた。
なぜなら、その人は『ワタプリ』育成対象の一人、帝国の皇子ルードヴィークが立っていたからだ。浅黒い肌に黒髪と黄金の瞳、整った精悍な顔立ちと鍛え抜かれた身体も相まって、ワイルドな魅力と蠱惑的な雰囲気を纏う青年だ。帝国らしい露出の高い服装と黄金の派手な装飾が更に彼の魅力を引き立てている。
「こいつは帝国で剣の師事を受けていた時に知り合った、皇子のルードヴィーク」
私の視線に気付いたエイデンが紹介してくれた。
「ヴィー、レイラ・シュテルンベルク侯爵令嬢だ。弟のザックの婚約者でもある」
続いてルードヴィーク皇子に私のことも紹介すると、皇子は私に興味津々な目を向けて「あの噂の!」と声を上げた。…噂?
「エディやザカライアから、貴女の話しはよく聞いているよ、とても優秀なんだってね。俺の嫁に来るか?」
ニカッと太陽のように眩しい笑顔で、さらりととんでもないことを言うルードヴィークに、私は喉をひくつかせた。嫁にって、冗談…なのよね? 断っていいのよね? 断っても王族侮辱罪にはならないのよね?
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