弍 ザカライアと兄弟子

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「ヴィー! その冗談は洒落にならないぞ。ザックの敵認定したあの目を見ろ!」  私が戸惑っていると、エイデンが慌ててルードヴィークに発言の取り消しを求めていた。  グレイシアとルードヴィークはお互い王族という事で、既に顔見知りのようだ。私は気を取り直して、ルードヴィークに挨拶をした。エイデンとザカライアに怪訝な目を向けられながらも、反省した様子のないルードヴィークは終始笑顔だった。 「しかしザカライア、俺よりももっと要注意人物がいるだろう? あの男をどうするか、お前はもっとよく考えた方がいいぞ」  ルードヴィークの警告じみた言葉に、ザカライアだけでなくエイデンも気まずそうな表情を浮かべた。『あの男』? 私が首を傾げていると、ルードヴィークが私を見て揶揄うような笑顔で言う。 「レイラ、お前も大変だな。ザカライアのような婚約者を持って」  ルードヴィークの様子から、悪い意味で言ったことでは無いのだろうが、何故か憐れむ視線を向けられた私は言いようの無い不安に襲われた。 「俺たちも一緒してもいいか?」  エイデンとルードヴィークがテラス席に同席する中、私は気持ちを切り替えて微笑んでみせた。  その不安が的中することを、私は放課後に思い知る。   ✳︎  放課後、ザカライアと帰宅する約束だったが先生に呼び出しを受けた婚約者を、図書館で時間を潰しながら待っていた。  学園の図書館はとても立派で、私の知識欲を駆り立てるタイトルが多い。本好きのリュカも、この図書館に入り浸るのではないかと想像して、クスリと笑った。  何気なく目を向けた先に、私が昔愛読していた物語の新刊を発見した。続きが発行されていたとは知らず、私は心躍りながらその本を手に取る。すると、横からにゅっと大きな手が出てきて、同じ本を取ったので私はとても驚いた。 「——失礼」  耳元に響く低い声。それと同時に息遣いすら聞こえたので、私は体を硬直させながら少しだけ後ろに顔をずらして声のする方に視線を向けた。  そこには、白い青年がいた。眩いプラチナブロンドを胸元まで垂らし、長い前髪を無造作に片耳にだけかけている。陶器のような白い肌、薄く赤付いた唇、私を真っ直ぐに見下ろす銀の瞳。まるで雪の精霊のような『美人』という言葉が当てはまる彼のことを、私はとてもよく知っていた。  育成対象の一人、魔術が盛んな国、聖王国の王子ガブリエルだ。王子でありながら、すでに王位継承権は手離しており魔術の道へ進むことを公言している。『魔術の叡智』と謳われる魔術師を師に持ち、その本人も天才魔術師だと称されている人。  いつか見かけることもあるだろうと思ってはいたが、まさか学園生活初日で三人もの育成対象者を目にするとは思ってもみなかったな。  私が固まったままガブリエルを見上げていると、彼は少し怪訝な顔をして口を開いた。 「…その本、私に譲ってくれないか?」 「……え?」  一瞬、何を言われたのか分からなかった。私は戸惑いながら、彼と二人で持つ本に目を向ける。 「…この本を、読まれたいのですか? 貴方が?」 「なにか?」  ガブリエルの視線が鋭くなる。中々渡そうとしない私に対し、苛立たしさを感じているのかもしれない。 「『ゴメス夫人の淫らな寝室』を、本当に貴方が読まれるのですか?」  私の質問に、今度はガブリエルが固まった。  『ゴメス夫人の淫らな寝室』、刺激的なタイトル通り、内容も刺激的な恋模様が描かれている。夫に先立たれた未亡人が、複数人の魅力的な男性に言い寄られ、淫らな関係にもつれ込む内容だ。  しかし、夫が生前の時から静かに近くで夫人を守り続けていた護衛騎士の、自分に向けられる淡い恋心を知る機会があり…純朴な騎士の想いに遊び心で、つい手を出してしまったゴメス夫人が、本当の恋に触れて彼の愛にのめり込んでいく様に目が離せない一世を風靡した純愛ロマンス小説である。  内容が内容だけに、父に隠れて母と一緒にこの物語を読み耽り、感想や今後の展開を妄想しながら、何度話に花を咲かせたかわからない。  そんな、淑女の隠された欲望を満たす禁書とも言える愛欲本をまさかガブリエルが読むとは…しかも人から横取りするほどに愛読しているとは思わなかったのだ。 「………そうだ。私が、読む…」  長い沈黙のあと、ガブリエルは何とか言葉を捻り出すように言った。そんなに、苦渋の選択を迫られたような顔をして私を見ないで欲しい。
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