弍 ザカライアと兄弟子

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「…はい、では…どうぞ」  私は本から手を離し、一歩下がる。神聖そうな綺麗な顔してそんな俗物書を愛読しているなんて意外ね、と思いながらガブリエルに目を向けると、彼はお目当ての本を手にしたというのに、何故か不服そうな表情を浮かべて本を見下ろしていた。  微妙な沈黙が私たちの間を流れると、ガブリエルがコホンと咳払いをしたので私は目を向ける。ガブリエルはすぐ近くの机の角に未練も無さそうに、私から奪い取った本を置いた。ん? 読まないの? 「私は聖王国のガブリエルと言う。…君は?」 「レイラ・シュテルンベルクと申します」  気を取り直して丁寧にお辞儀をした。そんな私をガブリエルはジッと観察するように見つめてくるので、今度は私が訝しむ目を彼に向けた。 「…ザックから、何も聞いていないのか?」 「はい?」 「君はザックの婚約者なのだろう?」  なぜザカライアの話題が出るのだろうか。ガブリエルの様子から、私から何かの言葉を引き出したいのだろうと感じてはいたが、それがさっぱり分からず、どう対応していいのか困ってしまった。  私の戸惑う姿を見て、ガブリエルは一瞬驚いた表情を浮かべるがすぐに普段通りの冷たい印象を受ける表情に戻った。 「まさか、私のことを知らないとは…。私はザックと同じ師より魔術を師事している、いわゆるザックの兄弟子である」 「まあ!」  そこでやっとガブリエルとザカライアの繋がりが分かり、私は思わず感嘆の声をあげた。理由は、ザカライアに魔術の師がいることは知らせを受けて知ってはいたが、まさか『魔術の叡智』だとは知らなかったからだ。  魔術の叡智は見所のある者にしか弟子になることを許さないという。『ワタプリ』のガブリエルルートで彼がそう言っていた。と、いうことは、ザカライアは最高の魔術師に魔術の才を認められていると言うことなのだ。そんな話を聞くと嬉しいに決まっている。 「ザッくんの兄弟子様なのですね、いつもお世話になっております」  私が改めて深々とお辞儀をすると、ガブリエルは意外そうな顔で私を見ていた。私が首を傾げてみせると、ガブリエルは少し慌てた様子を見せて言い訳がましく訳を話してくれた。 「ザックの婚約者は、今までザックと共に公式の場に姿を現すことは無かったと聞く。故に不仲なのではと噂されていたから…君がそのような反応をするとは思っていなかったんだ」  私は理解する。 「なるほど。噂は所詮、噂でしたね」 「そのようだな」  フッと笑うガブリエルに、私は「親同士の決めた婚約にしては、私たちは仲の良い婚約者だと自負しております」と笑った。  それから私たちはある程度の言葉を交わし合い、顔見知り程度の関係性を築いたところで、ガブリエルが唐突に言ってきた。 「レイラ、君はザックの伴侶として相応しくない」 「は?」  今の今まで、にこやかにザカライアの話題で盛り上がっていたというのに。私は信じられないと言った目でガブリエルを見つめていると、ガブリエルは当初の冷たい表情で私を見ながら、もう一度言った。 「聞こえなかったのか? 君は、ザックの伴侶として相応しくないと言ったんだ」  いや、ちゃんと聞こえておりましたが。けれど、驚きのあまり、何も言葉が出てこない。 「少し話しただけで分かる、君は礼儀正しく賢い、素敵な女性だ。しかし君は、乏しいマナの量しか持っておらず、魔術に明るい家系でもない。それなのにザックをこの国に縛りつけ、魔術師としての未来を潰す大きな要因のひとつだ。本当にザックのことを想うのなら、彼を手離し彼の輝かしい未来を応援するべきではないか?」  私が何も言わないので、言われたい放題だ。 「ザックの伴侶は…そうだな、私の妹にマナの量が多い者がいる。魔術の道を進むためには都合の良い家系であるし…ザックと君の婚約が解消したら、私の妹と結び直させるか…」  などと、勝手なことばかり言われている。私は自分のことを、冷静沈着であるとばかり思っていたが、どうやら違うみたい。  怒りに任せて私はガブリエルに手を伸ばし、そのまま襟首を掴むと私の方へと思い切り引き寄せた。 「勝手なことばかり仰らないで頂けます?」 「君、私を誰だと思って…」  ガブリエルの不機嫌な目を向けられても、私は止まらなかった。 「聖王国の王子様の貴方が誰であろうと関係ない。いいですか、貴方の知らないことを教えてあげます」  目と鼻の先にあるガブリエルの顔を睨み付けながら、ギリっと襟首を掴む手に力を入れた。   私がザカライアに相応しくない? ザカライアの未来を潰す? 妹と婚約を結び直す?  ふざけないでほしい。ザカライアを幸せに出来るのは、幸せにするのは、この私なのよ。 「ザカライア・ヴァンヘルシュタインの伴侶は、この私レイラ・シュテルンベルク以外にはありえません!」
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