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勢いに任せて啖呵を切ったのはいいが、少し冷静になると、後悔と動揺が頭の中を埋め尽くした。私は、王位継承権を放棄しているとはいえ他国の王子様になんてことをしてしまったのだろう。しかし、私の発言自体には間違いなどないと思っているので、謝るようなこともしたくはない。
考えた末、私はゆっくりと襟首から手を離し、彼のよれた襟元をちょいちょいと摘んで整えると、何事も無かったかのように、この場からフェードアウトしようと「では、私はこれにて」と笑顔を向けた。
「待て」
すかさずガブリエルに止められる。やはり、この策は無理があったか…。
「君は淡白そうに見えて案外…くくっ、ザックのことに関しては熱くなるんだな」
さっきの冷たい表情とは打って変わって、可笑そうに笑いを零しながらガブリエルが言った。
私は先程の自分の発言に、顔が段々と熱くなる。とても自信家な発言をしてしまった。それに、思いがけずに自分の本心を自覚してしまった。
『幸せに出来るのは、幸せにするのは、この私なのよ』
ザカライアに好意を抱かれているのは十分承知している。私がザカライアに対して愛おしいと思う気持ちは、幼い頃からの頑張っている彼の姿を見てきたから親心として感じるものだと思っていた。最近、ザカライアを前にするとドキドキしてしまうのは、単に彼が私の好みの外見だからだと思っていた。
そうよね、ザカライアに似たエイデンやリュカを見ても何ともないのに、ザカライアにだけ胸が高鳴ることが既に答えなのよね…。
——私、いつの間にかザカライアの事を、異性として好きになっていたんだ。
他の人に渡したくないほど、私の隣から居なくなることなんて考えられないほど、私、ザカライアに執着しているんだ。
もう隠せないほどに顔が赤くなる。そんな私をガブリエルはジッと見つめて、やっぱりまた笑った。
「…まあ、私に妹などいないのだがな」
謀られた! 私が憎々しげに真っ赤な顔でガブリエルを睨むと、彼は遂に「ぶはっ」と吹き出して腹を抱えた。
「なんという…いい性格をされていますね」
皮肉を言ったが、気にした様子のないガブリエルが「そうだな、私は難儀な性格なんだ」と笑いが治らないうちに軽口を叩く。
「レイラ、今の君はまるで熟れた林檎のようだぞ」
そう言って私の顔に手を伸ばしてきたガブリエル。彼の指が私に触れる前に、突然空中で電流が発生しパチッと静電気が弾けるような音がして、私を守るようにガブリエルの指を阻んだ。
驚く私を、後ろから誰かが抱き締める。それはいつもより強引だった。
「エル、悪ふざけが過ぎるよ」
聞き慣れた声、匂い、温かさ。ザカライアだ。
「ざ、ザッくん!? いつからここにっ…?」
まさか、私の恥ずかしいあの決め台詞を聞かれちゃいないでしょうね…?
私の質問に、ザカライアはパッと腕を広げて私を解放する。私は振り返ってザカライアを見た。彼は真っ赤な表情で恥ずかしそうに目を泳がせている。
「えっと…その、レイちゃんが…僕の、伴侶は、自分以外ありえないって…言ったあたり、かな…?」
しっかりと聞かれていた! 恥ずかしい!
「ザックは、レイラが私の襟首を掴んで引き寄せた時に図書館に来ていたぞ。殺気のこもった目で私を睨んでいたものな」
ガブリエルがザカライアに柔らかな笑顔を向けて「初めてザックに殺意を向けられたよ」と何故か嬉しそうに言っていた。
「かと思えば、レイラの大告白に膝が砕けたように崩れ落ちて、胸を抑えて悶えていたよな」
「エル! 見ててわざとレイちゃんに触れようとしたんだね」
ザカライアは紅潮した顔のまま、キッとガブリエルを睨みながら、私よりも一歩前に出ると、私を守るように背中へと隠す。
「ザック、私のことを婚約者に一言も話していなかったことは、流石の私も傷付いたぞ」
「紹介するつもりは無かったからね」
「なぜだ?」
キョトンとした表情で首を傾げるガブリエル。本気で理由が分からない様子だ。
「こうやって、僕たちを揶揄って、悪戯に仲を掻き回そうとするからだよ!」
ザカライアの怒りの叫びに私は強く頷いた。
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