間話 悪役令嬢の憂鬱

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間話 悪役令嬢の憂鬱

「オリヴィア様、お聞きになりましたか? 今年の新入生に、ザカライア様の婚約者がいらっしゃるそうですよ」  放課後、恒例のティータイムで噂好きな令嬢が言った。 「まぁ! あの難攻不落な公子の、噂の婚約者ですわね」  私はにこやかに微笑みながら、彼女達の話に耳を傾ける。要約すると、皆のザカライア公子で無くなってしまうことが悲しいといった内容だった。 「でも素敵な殿方は他にもいらっしゃいますわ! それこそ、今年から教鞭を持たれるリュカ公子がおります。チラリと拝見いたしましたが、お可愛らしい顔立ちの中にも、知的な男らしさがあって…とても素敵でしたの」 「あら、けれど年下ですよ?」 「二歳の差など、もう少し大人になれば気になりませんわ!」  私は彼女たちの会話を聞きながら、遥か昔に顔を合わせたリュカ公子のことを思い浮かべていた。あの時、彼はまだ五歳ほどだったので、幼児の姿しか思い出せない。今の容姿をよく分かっていない状態で安易に同意するとボロが出るかもしれない、彼女たちの会話に混ざらないでいる方が賢明ね。  しかし皆さん、ヴァンヘルシュタイン公爵家にはザカライア公子とリュカ公子しかいないとお思いなのかしら? もう一人、いるでしょう。素敵な殿方が。  そんな事をすました顔で紅茶を啜りながら考えて、彼と初めてまともに言葉を交わしたあの日のことを思い出していた——。 『モーガン公爵令嬢? 久しぶりだな…ところで、なに泣いてんだ?』  私がこの学園に入学した初日、私より一年早く学園に入学していた婚約者であるレオンハーツ王子にとても『親密な恋人』がいる事実を知った。  そして、たまたまその恋人との濃厚な接吻シーンを目撃してしまい、その場で感情的に王子に問いただすと『お前は堅物で可愛げもなく、一緒にいてもつまらないんだよなぁ』と言われてしまった。これまでの王妃に向けての努力とか我慢とか、全てが報われなかったのだと堪らなくなり、傷付いた心で一人隠れて泣いていた時だった。  実に顔を合わせるのは数年ぶりで、さらにレオンハーツ王子があまり良く思っていない一族という事で、婚約者である私も彼らを避けてきたので、挨拶以外の言葉を交わす事が今までに無かった。 『な、なんでもありませんっ』  人気の無い場所を探したつもりであったのに、あっさりと誰かと顔を合わせることになるなんて思ってもみなかった私は、慌ててハンカチーフを取り出した。王子のイニシャルを刺繍したハンカチーフ、私が丁寧に刺したものだが、結局は受け取って貰えずに、未練がましく自分で使っていた。  慌てすぎてか、取り出したハンカチーフを落としてしまう。私が拾う前に、さっと彼が拾ってくれて、私の前に差し出してくれた。  その時に見えたのだろう、王子のイニシャルが。彼は少し眉を顰めると、私が受け取る前にサッとハンカチーフを持つ手を引いてしまった。 『あ、あの…?』 『悪い、このハンカチ…土汚れが付いてたから公爵令嬢に使わせられないな。俺ので申し訳ないが、使ってくれ』  そう言って、改めて差し出された紺色の無機質なハンカチーフ。私は恐る恐る受け取り、彼を見上げると、彼は私と目を合わせてニカッと笑ってみせた。 『泣くくらいなら、辞めちまえよ』  私の涙の理由を察してか、努めて明るく彼が言う。私は声を押し殺しながら首を横に振った。レオンハーツ王子との婚約は、私が産まれる前から決まっていた。私の人生は王家のためにあり、私の存在意義も王家のためにあるものなのだ。私の意見など無に等しく、未来を覆すことなど出来る筈がない。だからこうして、泣いて耐えるのだ。  また涙が溢れてきて、暫く泣いていると、彼は何故かここから立ち去らずに、私が落ち着くまで待ってくれた。 『オリヴィア嬢』  初めて、王子以外の殿方に名前を呼ばれた。 『辛かったらここに来い。泣いてる間は一緒にいてやるよ』  そう言った彼の悪戯っ子のような笑顔が太陽のように眩しくて、陽光に透けて輝く短い白銀髪が神々しい美しさで、気付けば涙が止まっていた。
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